編集部コラム
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女性の社会進出はいつから?歴史とデータから確認し価値観をアップデートしよう

「女性活躍社会」という言葉が社会に浸透し、もはや「女性初の〇〇」というフレーズには、ニュースバリューが無くなりつつあります。
それを裏付けるように、令和の日本では共働き世帯も増え続けており、いわゆる「専業主婦」世帯は全世帯の3割ほどにまで減少しました。

2019年の段階で、「男性雇用者と無業の妻から成る世帯」が582万世帯であったのに対し、共働き世帯は1245万世帯に昇ります。
そしてその差はなお、年々急速に開き続けています。

画像引用:内閣府「共同参画」p3
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2020/202009/pdf/202009.pdf

気がつけばすっかりと「常識」になった、この女性活躍社会。
しかし実は、日本が国ぐるみで法律を整備し、この当然とも言える社会の流れを整備したのは意外にもつい最近のことです。
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」が全面施行されたのは2016年4月で、わずか5年前のことでした。
しかしそれ以降の企業の対応は早く、厚生労働省が公表している「女性の活躍推進企業データベース」に登録している企業の数は14,600社を超えます。
さらに、女性活躍のための行動計画を公表している企業数は、18,900社を数えるまでになりました。*1

しかもこの法律では、対象は301人以上の大企業に限られ、300人以下の中小企業にとっては未だ努力義務でしかありません。
しかし裏を返せば、それは
「大企業に限っても、2万社近い会社が公式に、女性活躍社会の実現に向けた取り組みを始めている」
ことを示しています。
もはや取り組んでいることが常識であり、取り組んでいないことこそが「おかしな会社」と見られる社会情勢であると言えるでしょう。

もちろん、形ばかり整えても未だに、女性が本当に活躍をするために障壁の残る職業領域は多くあるでしょう。
また出産や子育てなど、家庭内での役割分担では未だに女性に多くの負荷がかかっている現実があるなど、本当の意味での女性活躍社会の実現はまだまだ道半ばでもあります。
一つ一つ、可視化されたことから問題を解決していくことで、100年後の未来から「令和の人たちって頑張ったんだな」と評価してもらえることになりそうです。

ところでこの、「100年後の未来からみた日本」という視点について。
逆に今から100年前の日本では、「女性活躍社会」なるものは僅かでも存在したのでしょうか。
今回は一人の、その先駆者とも言える女性をご紹介してみましょう。

「活躍を笑われた」少女車掌

今から93年前の昭和3年(1928年)、ある17歳の少女が日本初の女性バスガイドとして、別府温泉で有名な大分県別府市でデビューをしました。
女性の名前は村上アヤメさん。
女学校を卒業後、亀の井自動車(現:亀の井バス)で車掌職の募集があることを知り応募をすると見事採用され、「少女車掌」として活躍を始めたのです。
しかし当時といえば、そもそも自動車というものが庶民にとって憧れの的の時代でした。
加えて、女性が外で働くことも相当珍しい時代でしたので、
「私を見ると、最初は皆が噴き出して笑った」
というような、周囲の反応だったそうです。

しかしそれでも、「おしゃれなパンツ・ルックにTシャツ姿。特注のスカートにジャケット、革の帽子という超モダンな」服装を使い分けキビキビと仕事をする村上さんの姿は、たちまち若い女性の憧れの的になります。
しかも彼女の月給は、3食付きで20円でした。
うどん一杯が5銭の時代ですから、500円として計算しても20万円を稼いでいたことになります。*2*3

バスという憧れの乗り物に乗り、カッコよく働く若い女性・・・
女性は家にいるのが当然であると言う時代背景と合わせ、いわば、昭和時代のスチュワーデス(キャビンアテンダント)に対する憧れだったのでしょう。
その姿を見て、どれほど多くの女性たちが勇気を貰い、後に続こうと発奮したのか目に浮かぶようです。
そして、その姿を見て噴き出し笑う男性の姿。
令和の時代とは比べ物にならないほどに、「女性の活躍」には様々な苦労があったのではないでしょうか。
常識破りの仕事に挑戦した村上さんの懸命な姿とあわせ、それを笑う男性たちの姿は余りに対照的です。

しかしそれでも仕事をやり抜いた村上さんは、晩年、自らの人生とキャリアを振り返り、
「100点満点に近い人生だった。生まれ変わってもまた自分になりたい。」
と語っていたそうです。
こんなセリフ、なかなか言えるものではありません。
そして2009年3月30日、「女性活躍社会」に輝かしい第一歩を残した、98年の輝かしい人生を閉じられました。
「はじめの一歩」を勇気を持って歩み始めた特筆すべき女性であり、とても素敵な人生であったのではないでしょうか。

それから時代は下り、令和の今。
女性の活躍はあらゆる領域に広がり、ついに「最後の聖域」と言っても良いかも知れません。
陸海空自衛隊のあらゆる職域でもついに、性別による制限が無くなりました。

そして平成27年には、史上初の女性戦闘機パイロットである松島美紗・2等空尉が誕生。
令和2年3月には、日本でもっとも過酷と言われる第1空挺団の訓練をも突破し、女性隊員として史上初めて、橋場麗奈・3等陸曹が同部隊に配属されニュースになりました。*4

女性初の戦闘機パイロットになった松島美紗・2等空尉
画像引用:防衛省「令和元年度版防衛白書」
http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2019/html/nc033000.html

もちろん、指導的地位にある高級幹部のポジションにも女性の進出は進んでいます。
海上自衛隊では女性の艦長も活躍を重ねており、陸上自衛隊には戦闘職種の大部隊を束ねる連隊でも女性連隊長が誕生しました。

練習艦せとゆきの艦長を務めた川嶋潤子・1等海佐

女性として史上初めて戦闘職種の連隊長を務めた、横田紀子・1等陸佐

画像引用:防衛省「女性職員のワークスタイル事例集2020」p5、p9
https://www.mod.go.jp/j/profile/worklife/book/workstyle_2020.pdf

これら「強く美しい女性の活躍」はほんの一例に過ぎません。
海・空自衛隊では女性の将官も誕生し、現役で活躍を続けています。

しかしおそらく、彼女たちのここまでの道のりも、決して平坦ではなかったはずです。
それどころか、現在仕事をしている中でも、あるいは「噴き出し笑う」時代錯誤な男性の目線を感じてきたのではないでしょうか。
それこそ、史上初の女性バスガイドとして活躍した村上アヤメさんのように。

村上さんの時代であれば、全く問題にならず、見過ごされたでしょう。
しかし今や、そのような男性はもはや笑う側ではなく、笑われる側であることは明らかです。
それどころか、コンプライアンスの厳しい会社では解雇すら、あり得るのではないでしょうか。

いずれにせよ、性別によらず評価をされるようになった女性の活躍はさらに増え続け、そしてますます多方面に広がっていくでしょう。

価値観のアップデートを!

専業主婦世帯が少数派というトレンドが始まったのは、平成9年(1997年)のことでした。*5
これは言い換えれば、今の40代半ば~後半以降の人たちが社会に出た頃にはまだ、専業主婦の存在が当たり前であったということです。
両親のライフスタイルを見て育ってきたことも考えると、なおさら古い時代のイメージを払拭し切れていないでしょう。
しかしこの世代は今後、ますます社会の中で重要なポジションを任され、大きな仕事を担っていかなければなりません。
そのような中で、古い時代の価値観のままに発言し、振る舞うと大変なことになるでしょう。

現に、時代錯誤の言動で女性の活躍を論評し、あるいは勘違いした振る舞いで女性を「励まし」、炎上してしまう各界のリーダー、著名人の話題には事欠きません。
今はまだ謝罪で済むかも知れませんが、時間の問題でパワハラやセクハラと同じような「一発レッドカード」になることは明らかです。

もし未だに、女性活躍社会というものにどこか違和感があるか、あるいは心の片隅に昭和の価値観を残しているのであれば、早急な価値観のアップデートが必要でしょう。
特に、若い部下を扱う管理職や事業主などのリーダーであれば、価値観の切り替えは急務です。
ぜひ、意識して取り組んで下さい。

*1
厚生労働省「女性の活躍推進企業データベース」
https://positive-ryouritsu.mhlw.go.jp/positivedb/

*2
四国新聞「村上アヤメさん死去/日本初の女性バスガイド」
http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20090331000314

*3
別府大学地域連携プログラムp81
http://bud.beppu-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php/bs01713.pdf?file_id=156

*4
防衛省「令和2年度版防衛白書」
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2020/html/nc039000.html

*5
画像引用:内閣府「共同参画」p3
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2020/202009/pdf/202009.pdf

桃野泰徳(ももの・やすのり)                                
1973年滋賀県生まれ。
大和証券を経て、いくつかのベンチャー企業でCFOを歴任し独立。
個人ブログでは月間80万PVの読者を持つなど、経営者層を中心に人気を集める。

 

 






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