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心からの叫びだけが、人の心を動かす アルバイトを単位認定する高校の話

受付を済ませてイベントホールへ入ると、

「ゆきさーん、こっちこっち!」

と、手招きされて、私は息子が通う高校の保護者会役員たちが集まっている列へと進み、挨拶を交わして隅の席に腰を下ろした。

私学振興大会へ参加するのは、この日が初めてだった。
私学振興大会とは、「私立高等学校等の経常費補助の維持・拡充」と、「保護者の教育費負担の公私間格差の是正」を県政に訴えるために開かれるものだ。

子どもが県内の私立高校へ通ってさえいれば誰でも参加できるのだが、参加希望者の数は少ない。そのため、各学校の保護者会新旧役員たちが半ば強制的に駆り出されて席を埋めている。
私も積極的に参加したいとは思っていなかったのだが、その年の役員を引き受けていた為、義務として会場に足を運んでいた。

開会の辞、主催者挨拶、来賓祝辞と続いていく流れの中で、前知事時代に私学振興会は県から冷遇されていたことを知り、意外に思った。
この県は、地方では異例と言えるほど中学受験熱が高く、伝統的に公立校より私立校が優位なのだ。

にもかかわらず、元アナウンサーで、タレント知事として全国的にも有名だった前知事は、私学教育の重要性にまるで理解がなかったらしい。中高一貫教育の私学がこれまでに果たしてきた大きな役割と地域への貢献が、前知事の政権下では評価されず、むしろ公立校の強化ばかりに力が注がれ、その間私学は力を削がれて不遇をかこったという。

けれども、現職知事(当時)は地元の私立名門校出身であるため、私学への理解も深く、おかげで補助金も拡充されたそうだ。
そんな話をしながら、主催者はこのあと来賓として登壇予定の現職知事(当時)を盛んに持ち上げた。

県知事を始めとした来賓の紹介と祝辞が終わると、次は各学校の保護者代表が、それぞれに我が子が通う学校の素晴らしさについて演説をする。この「保護者の声」の時間に、各校の個性が表れていた。

まず最初に登壇したのは、息子を県内トップの名門校へ通わせている母親だ。
見るからに知的な彼女は、自身も夫もその学校の出身者であり、夫婦共に医者というパワーカップルで、高校生になった二人の子どもたちも中等部から入学させたという。
どちらの子どもも部活動に励みつつ、成績上位も常にキープしており、先生方の指導と設備の整った学校の環境には大変満足しているということだった。

「あっ、そう。もう、おまえんちみたいなとこは一人につき学費2倍くらい払えよ」

と口には出さないが、恵まれた人間の恵まれっぷりを聞いているうちにやさぐれた気持ちになってしまった。世の中はどうしてこうも不公平なのだろう。

次に登壇した、県内では2番手の学校に子どもを通わせているという保護者と、それに続く3番手の学校の保護者のスピーチも、まあ1番と似たようなものだった。上位3校に子どもを通わせている保護者たちは、総じて教育熱心で、裕福な家庭の者が多い。
もちろんそうでない者も少なくないはずだが、このような場に出て自信満々に我が子自慢ができるのは、子どもが優秀で、かつ優秀な子どもを育んでいる自分にも自負がある保護者に偏ってしまうのだろう。

「自慢乙!」と言いたくなる3者のスピーチが終わると、それより後に続くのは、もう学業で勝負ができる学校ではない。
各学校の保護者たちは、
「のんびりとした校風こそ我が娘に合っているから」
「軍隊のように厳しく、規律を重んじる校風の元で息子を鍛えたいと考えた」
「部活動で全国大会を目指して欲しい」
「高校生のうちに、将来につながる資格を取らせておきたい」
などなど、それぞれの教育論に沿って、子どもを通わせる学校を選んだという話をした。

中堅校集団の話は総じてつまらなかったが、保護者たちの雰囲気がそのまま各学校の個性を反映していることは興味深かった。

「娘には伝統的な女子教育を」と話す母親はいかにもおっとりとしており、「息子は厳しい環境で鍛えられて欲しい!」と主張する父親はまるで自衛官。「子どもには部活動をさせたい」と言う父親は爽やかなスポーツマンタイプで、「子どもには資格を」と述べる父親は、見るからに堅実そうだった。

それにしても、一体いつまでこのツマラナイ話のリレーは続くのだろう。「保護者の声」の時間が長すぎる。
残った2校は、問題児の最終救済先と考えられているキリスト教系のS女子中高等学校と、底辺校と呼ばれるT学園高校だけではないか。

この時、「聞いて何になる?」と考えていた私は、後になってその態度と考えを恥じることになった。その2校の代表者の話こそ、この日最も聞くべき話だったのだから。

娘をS女子校に通わせているというその父親は、「私にとって、この壇上で話をすることは、家庭の恥を打ち明けるようなものなので、大変迷いました…」と、ためらいがちに語り始めた。
彼の娘は小学生の頃からずっと不登校だったそうだ。
気難しくて、感情の起伏が激しく、親でさえ彼女にはどう接すればいいのか分からない。当然のことながら、集団生活はままならなかった。

普通の子どものように学校で勉強や部活動ができず、友達を作ることさえできない。彼はそんな娘を理解できずに、苛立ち、絶望していたそうだ。

どんな子どもであろうとも、我が子は我が子である。愛しく思う気持ちは確かにある一方で、親にとって、いや親だからこそ、娘を受け入れることが難しかった。
そして、長年不登校児だった娘がS女子校の高等部へ編入したことも、素直には喜べずにいた。何故ならこの学校は、それまで彼が考えていた「普通の子どもが通う普通の学校」の範疇には入らなかったからだ。

けれど、結果として、S女子校で教鞭を取るシスターたちの博愛の精神と、献身と忍耐に彼ら親子は救われることになる。
シスターたちには、様々な障害が疑われる生徒たちに長年向き合ってきた経験の蓄積があった。
問題行動を問題にせず、あるがままを受け入れ、子どものペースを尊重して辛抱強く対応し、長い時間をかけて親子と対話をしてくれた。そのおかげで、彼の娘は次第に落ち着き、毎日学校へ通えるようになったそうだ。

彼自身はまだ、娘との付き合い方を日々模索中であり、葛藤を続けている。けれども、娘が学校に通えるようになったことで、自分たち家族は救われた。S女子校には感謝してもしきれないと話した。うつむきがちで、訥々とした話し方が、彼がこれまでに味わった苦労と苦悩を物語っていた。

こうして家族が抱える問題を人前でさらけ出すのは、かなり抵抗があったらしい。それでも、彼がS女子校の保護者代表を引き受け、今日この壇上に立っているのは、S女子校に対する深い感謝の気持ちからだそうだ。
最後に、その父親はS女子校のような私学がこの地域にあることの心強さを語り、県には今よりも手厚く私学教育を支援して欲しいと話を締めくくった。

誰もが胸を打たれる話だった。彼の勇気を讃える大きな拍手の中、最後に登壇したのは、T学園に息子を通わせている母親だ。
彼女も先程の父親と同じで、決心してマイクの前に立っているようだった。すうっと大きく息を吸い込み、緊張に声を震わせながら、「うちは母子家庭です」と話し始めた。

彼女は一人で子どもを育てていた。
女の細腕に子どもを抱え、懸命に働いてはいるものの、自分の収入だけではどうしても生活費が足りない。そのため、現在は長男のアルバイト収入も家計の大きな支えになっているそうだ。

長男には申し訳ないが、自分には余裕がなく、学習面のサポートをしてやれずにここまで来てしまったと、彼女は体を小さくした。そのため、公立高校は無償化されたものの、長男には公立高校を受験できる学力が身に付いておらず、高校進学は絶望的だった。

学力不足でも入れる私立高校はあるのだが、そもそも日々食べていくためのお金が足りないのに、子どもを私立へやれるわけがないと途方にくれていたところ、中学の先生から紹介されたのがT学園だったそうだ。

T学園は私学なので授業料は高いが、経済的に厳しい家庭の場合は国と県の補助金を活用した授業料減免制度が利用できる。何よりも、T高では子どものアルバイトが単位として認められるとのことだった。

長男は生活費を稼ぐために多くの時間をアルバイトに割かねばならないが、アルバイトが「就業体験」として単位認定されるということが、どれほど自分たち親子の救いになったことかと、彼女は言葉を詰まらせた。

「T学園高校のおかげで、息子は高校生になることができました。高校の卒業資格を得ることもできます。今の世の中では、高校を出ていなければまともな就職先はありません。中卒ではアルバイトですら雇ってもらうことが難しいのが現状です。
もしもT学園高校がなければ、私たち家族は生活していけず、息子も将来の展望が見えてきませんでした。

高校を出た後は、手に職をつけに専門学校へ進学することも考えています。これから先のことが、ちゃんと考えられるようになったのです。

どうか県には、私たちのように、公立高校へは通えない。通ったとしても卒業が難しい家庭があることも理解して欲しいです。そして、私学に対する一層の支援を通して、私たちのような親子を助けて下さい」

と訴えて退場した。
彼女の話が終わるまでの間に、私はすっかり背筋が伸び、前のめりになっていた。

アルバイトを就業体験活動と捉え、単位認定する高校が一部にあるということはニュースで見て知っていたが、T学園もそのうちの一校だということは知らなかった。S女子中高等学校もそうだが、T学園高校も自分とは関わりのない学校だと決めつけて、そこでどんな教育やサポートがされているのか、これまで全く知ろうとしていなかったことに気付いた。

自分は視野と世界の狭い人間だと感じる瞬間は人生に繰り返し訪れるが、この時もそうだった。
子ども達の未来に大きな役割を担っている私学は、なにも上位校ばかりではない。それぞれの学校に、子ども達の居場所があり、救われる家庭があるのだ。

複雑で余裕の無くなった社会の中では、不登校とひきこもりの問題も、片親家庭と貧困の問題も、誰もが隣り合わせであり、他人事だと片付けることはできない。

渋々ながら参加した会だったが、来てよかった。彼らの話が聞けて本当に良かったと心から思い、私は会場を後にした。

あの大会からもう何年もの月日が経っているが、その後、国の高校生に対する就学支援金制度は変更され、現在では特に家計の厳しい家庭に対する援助が拡大されたそうだ。県もまた、独自の補助金制度を作っているという。

 

Author:マダムユキ

ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
リンク:http://flat9.blog.jp/

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