編集部コラム
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アルバイトを半年で辞めてしまった後輩に酷いことを言ってしまい、後悔している話

「ずいぶん痩せちゃったなぁ」

驚きを口に出さなかったが、待ち合わせ場所に現れた夏帆ちゃんの体は半分のサイズになっていて、事前に示し合わせていなければ彼女だと気づけなかった。
以前同じレストランでアルバイトをしていた彼女と会うのは久しぶりだ。
この日の私は、離婚調停を間近に控えたの夏帆ちゃんの相談に乗ることになっていた。

一緒に働いていた頃の彼女は、都会の有名大学を卒業しすぐ移住プログラムを利用して、縁もゆかりもない過疎地にやってきたばかりの初々しい女の子だった。
自然と共生する田舎暮らしをしながら、いつかは自分も地元の食材を活用したレストランを開きたいという夢を持っていた為、「ここで働かせてください」とやってきたのだ。

そのレストランでシェフをしていた典子さんは、娘のような年齢の彼女を特別に可愛がり、自分の後継に据えようと様々な料理のレシピを教えて面倒を見ていた。
それなのに、働き始めてから半年もたたないうちに、夏帆ちゃんは妊娠が分かって退職したのだ。
相手の男は、移住者たちに林業を教えるプログラムの講師だった。

かつて彼女の結婚に大反対した私に、離婚の決断にいたるまでの結婚生活の推移をつまびらかにすることは、彼女にとってかなりの勇気と開き直りが必要であったに違いない。
できることなら私には連絡したくなかったはずだ。
それでもこうして私と会うことにしたのは、先に相談を持ちかけた典子さんの勧めもあったのだろうが、背に腹は変えられない切羽詰まった気持ちからだろう。

この日に先立って、私は典子さんから数年ぶりに電話をもらっていた。夏帆ちゃんの力になってあげて欲しいという。
聞くところによると、夏帆ちゃんは結婚7年目にして遂に離婚を決意したのだが、夫との協議が上手くいかず、調停を申し立てたそうだ。

調停に備えて、これまでの結婚生活と離婚を決意するまでの経緯を説明した手紙を調停員の方々に用意したいとのことだった。

「夏帆ちゃん自分で頑張って書いてあるのだけど、自分のことは上手く説明できないのかな。まとまってないし、伝わるように書けていないと言うか…。
あなたは文章を書くのが得意でしょう?夏帆ちゃんの代わりに書いてあげてくれない?ほら、あなたって夏帆ちゃんが辞める時に、『結婚祝いはあげられないけど、離婚する時にはお祝いをあげる』って言ってたじゃない?
夏帆ちゃんやっと決断したのよ。本当に良かったよね。だからご祝儀と思って、無料で代筆してあげてよ」

あら。私ったらそんなヒドイ嫌味を言ったっけ?
あぁ、言ったなぁ、そういえば…。

私たちがあれほど強く反対したにも関わらず、夏帆ちゃんは、学がない、若くない、家も金もない、仕事も安定していない、別れた女房子供に養育費も払わない、避妊もしない、クズのロイヤルストレートフラッシュみたいな男と結婚したのだ。

夏帆ちゃんは若さゆえに愚かな過ちを犯したが、バカな女ではない。真面目で高学歴な彼女と無学でチャラい彼が釣り合うはずはなく、結婚してすぐ夫となった男とはまともに会話が成り立たないことに気づくはずだった。離婚は目に見えている。

当時の私は、彼女には結婚する時よりも離婚する時にこそ援助が必要だろうと考えたのだ。
周囲の忠告に一切耳を傾けず、不幸へと飛び込んでいく強情な彼女に対し、大いに呆れる気持ちと少々腹立たしい気持ちがあったことも本音である。

などと言い訳を並べても、新しい命をお腹に宿し、愛する人と築く家庭への期待に胸膨らませている女の子にかける言葉としては残酷過ぎる。

私は過去の自分の大人気ない振る舞いを申し訳なく感じ、典子さんと替わって電話口に出た夏帆ちゃんに、できる限り優しく、淡々と彼女が置かれた状況について質問を重ねた。

「ほら、やっぱりね。こうなると思ったのよ。だから言ったじゃない」

私からそう責められると思って身構えていたのだろうか。
初めのうちこそ彼女の声は緊張でうわずっていたが、やがて張り詰めていた空気も緩み、私たちは細かい話を詰めるために会う約束をしたのだった。

数年ぶりに再開した彼女は朗らかに振る舞っていたが、体型の激変ぶりから苦労と苦悩が偲ばれた。
私たちは食べ物がさほど美味しくない代わりに何時間でも居座っていられる喫茶店に入り、すみっこのソファー席に腰を下ろした。
私は食事をとるよう勧めたが、彼女は食欲がないからとケーキセットを注文し、そのケーキすらもフォークの先でつつくばかりでなかなか口に入れようとしない。この様子では、普段からろくに食べていないのではないだろうか。
すっかり肉の削げた頬が痛ましかった。

「7年近い結婚生活のうち、幸せな時間は1年も無かったでしょう?」

という私の指摘は的を射ており、彼女の口から語られた新婚生活のありようは、ほぼ私たちお節介なおばさん連中が「きっとこうなるであろう」と予想した通りの内容だった。

男性経験がほとんど無かった夏帆ちゃんが、彼に惹かれた理由はよく分かる。人には誰しも若い時があり、人生で一度はダメな男を愛するものだ。
そして大人になるにつれ、バカな男ほど愛おしいのは遊びの関係に限ればの話であり、愛があっても貧乏では満足に生きていけないと悟るのである。

一方で、彼にとっても夏帆ちゃんとの結婚は期待外れだったと思われる。彼は、当時まだ世間知らずで男知らずだった夏帆ちゃんのウブな魅力に強く惹かれたのだろう。
可愛くて言うことを聞く素直な女を手に入れたはずだったのに、妻が母親となり現実に目覚め、一人の女性としても成熟を始めて扱いにくくなると、次第に苛立ちを募らせるようになったということか。

「彼は、気に入らないことがあるとすぐ不機嫌になって、帰ってこなかったり、『もう無理。離婚してください。本気です』とLINEを送ってくるんです。なのに、私がようやく経済的基盤を整えて、『分かりました。離婚しましょう』と返事をしたら、急に態度を変えて離婚はしないと言い出して、一体何がしたいんだか…。
彼の方こそ、今までずっと私と離婚したくてたまらないのだと思っていたのに」

愚問である。
彼は単に妻を自分の意のままにしたいだけであり、離婚をちらつかせて脅すしか能が無いのは、ただ語彙力に乏しい為だ。

「これが、夫とのLINEのやりとりです」

そういって差し出されたスマホの画面を見て、私は「おや?」と首をかしげた。想像していたより、ずっとまともな文章だったからだ。

こんなことを言っては失礼だが、てっきり頭の悪い口語文しか書けない男だと思いこんでいた。例え短文のやりとりでも、テキストベースのコミュニケーションには知性が出る。口はたつ偉そうな男が、文字になるとバカ丸出しで、まるで会話にならないやりとりしかできないことは珍しくない。

更に詳しく話を聞けば、彼は子供にとっては良い父親であり、別居中の現在も、保育料などの養育費はきちんと支払われているという。額は大きくないが、元々が低収入であることを考えると、養育費として毎月それだけの金額を渡すのは彼にとって決して楽ではないと思われた。

どうやら、それほどひどい男ではないらしい。私は彼に対して歪んだ先入観を持ちすぎていたようだ。あるいは、彼もこの7年の間に変わったのだろうか。
だとすれば、解決に必要なのは調停ではなく、単に時間であるように思われた。彼に知性も理性もあるのであれば、もうやり直せないことはとっくに理解しているはず。

夏帆ちゃんという女性は、一見おとなしく流されやすそうに見えて、実は非常に頑固でしたたかなのである。他人の意見や働きかけに左右される人ならば、そもそも移住も結婚もしていないだろう。
もはや若くないとはいえ、彼もまだまだ男盛り。野性味あふれる肉体派の男にとって、新しい相手を見つけることは難しくないはずだ。この手の男は金がなくても女に不自由することはないのだから。
仮に調停で決着がつかなくても、じっと待ってさえいれば新しい女ができて、離れていくだろう。

「早く決着をつけてさっぱりしたい気持ちは分かるけど、そう焦らないで。待ってあげてもいいんじゃない?
今はちょっと痩せすぎだけど、彼と結婚してからのあなたは、一皮剥けてとっても綺麗になったわよ。
夫のことがもう生理的に受け付けないほど嫌いになってしまった気持ちは分かる。
そこまで嫌いな人のことは、もう冷静に考えられないことも分かる。だけど、彼が自分の気持ちにケジメをつけるのを、少し待ってあげるくらいの敬意は払ってもよくないかな?

あなたの女ぶりをぐっと上げてくれた人なのだから、それについては感謝しよう。縁を切りたい訳じゃなくて、子供にとっては良い父親で居続けて欲しいのでしょう?
なら、感謝と敬意の気持ちを持って相手に接しようよ」

彼女が結婚する前は、あれほどクズだのダメ男だのとけなしたくせに、ここへきて急に彼の肩を持つ形になってしまったが、それもまた今の私の本心だった。
冷静に話を聞いてみれば、そこまでどうしようもない男ではなさそうだし、だとしたら遠からず結論は出る。
むしろ有責配偶者として厳しく責め、早く離婚届に判を押せと追い立てるから、彼も意固地になってしまうのではないか。

夏帆ちゃんに「相手を敬い、広い心を持って待て」という話をしながら、それは7年前の自分に言ってやりたいと反省していた。

あの日、妊娠が分かったばかりの彼女をバイト仲間の皆で取り囲み、説得を試みたのは老婆心からであり、自分たちでは善意のつもりだったのだが、周囲からの強硬な圧力は彼女を孤立させ、意固地にさせただけではなかったろうか。

不幸になると分かっていても、結婚は祝福し、かつ「幸せになってね。だけど、もし選択を間違えたと思うようになったら、やり直せばいいのよ。できることはお手伝いするから連絡してね」という言葉も添えて、皆で温かく送り出していれば、彼女はもっと早くに逃げ出せたのではなかったか。

いばら道を進もうとする彼女に私たちができた精一杯のことは、侵入禁止の立て札ではなく、逃げ道と帰り道の案内札を立てておくことだったと、今更ながら気がついた。
あの頃の時間をやり直すことはできないが、これからでも手は差し伸べてあげたい。

「そうですね。何だかスッキリしました。私は何をそんなに焦っていたのかな。待ってみます」

気持ちが落ち着いた様子の彼女に、私はかつて自分が人生の先輩からかけられた言葉で励ました。

「心配しなくても大丈夫。これからきっと幸せになるからね。離婚してからが人生だよ」

 

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Author:マダムユキ

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