コロナ禍の影響で資金繰りが悪化する企業が増える中、債権債務の支払いが円滑に行われないケースも目立つようになってきました。
債権債務の支払いが滞っている状態は、債権者・債務者の双方にとって望ましくありません。
特に債権者の側は、消滅時効のルールなどを念頭に置いて、早期に債権回収に動くことが大切です。
今回は、債権債務の消滅時効に関するルールを中心に、延滞が生じてしまった債権債務に関する債権者・債務者双方の留意事項を解説します。
目次
民法改正による変更点に注意!消滅時効に関する新旧ルールの違い
民法改正による変更点に注意!消滅時効に関する新旧ルールの違い
債権には消滅時効が設けられており、時効が完成すると、債権が回収できなくなってしまう可能性が高いでしょう。
消滅時効に関するルールは、2020年4月1日施行の改正民法によって大きく変更されました。
改正民法の施行前に発生した債権には旧民法、施行後に発生した債権には現行民法が適用されることになっています。
債権の発生時期 | 適用される法律 |
2020年3月31日以前 | 旧民法 |
2020年4月1日以降 | 現行民法 |
民法改正によって、消滅時効に関するルールがどのように変更されたかを見てみましょう。
●変更ポイント①|債権一般の時効期間が短縮に
旧民法と現行民法では、以下のとおり、債権一般の消滅時効が異なります。
<債権一般の時効期間>
旧民法 | 権利を行使できる時から10年 |
現行民法 | 以下のいずれか早く経過する期間 ①権利を行使できることを知った時から5年 ②権利を行使できる時から10年 |
現行民法では「権利を行使できることを知った時から5年」の要件が加わったことで、旧民法よりも債権の時効期間が短縮されています。
●変更ポイント②|職業別の短期消滅時効・商事消滅時効が廃止に
旧民法では、特定の職業に係る報酬債権および商行為によって生じた債権について、以下のとおり、一般の債権よりも短い時効期間が適用されていました。
<職業別の短期消滅時効(旧民法)>
飲食料、宿泊料 | 権利を行使できる時から1年 |
弁護士・公証人の報酬 小売商人・卸売商人などの売掛代金 |
権利を行使できる時から2年 |
医師・助産師の診療報酬 | 権利を行使できる時から3年 |
商行為によって生じた債権 | 権利を行使できる時から5年 |
現行民法では、これらの職業別の短期消滅時効・商事消滅時効は廃止され、前述の債権一般の時効期間に統一されています。
●変更ポイント③|「停止」→「完成猶予」、「中断」→「更新」
旧民法では、消滅時効の進行を一時停止させることを時効の「停止」、リセットすることを時効の「中断」と呼んでいました。
これに対して現行民法では、一時停止が時効の「完成猶予」、リセットが時効の「更新」と改称されています。
「停止」と「完成猶予」、「中断」と「更新」の間では、法的効果に変更はありません。
しかし、該当する事由については、旧民法と現行民法の間で、以下のとおり大きく変更されています。
<「停止」と「完成猶予」に当たる事由の違い>
停止(旧民法) | 完成猶予(現行民法) |
・天災地変など ・履行の催告(内容証明郵便の送付など) |
・裁判上の請求 ・支払督促 ・和解 ・調停 ・倒産手続参加 ・強制執行 ・担保権の実行 ・競売 ・財産開示手続 ・第三者からの情報取得手続 ・仮差押え、仮処分 ・履行の催告(内容証明郵便の送付など) ・協議の合意 |
<「中断」と「更新」に当たる事由の違い>
中断(旧民法) | 更新(現行民法) |
・裁判上の請求(訴訟提起) ・差押え、仮差押え、仮処分 ・債務の承認 |
・以下の手続きにおける権利の確定 -裁判上の請求 -支払督促 -和解 -調停 -倒産手続参加 ・以下の手続きの終了(取下げ・取消しによる場合を除く) -強制執行 -担保権の実行 -競売 -財産開示手続 -第三者からの情報取得手続 ・権利の承認(「債務の承認」と同義) |
債権者が消滅時効の完成を阻止したい場合は、債権の発生時期に応じて、旧民法・現行民法下で認められた各手段を使い分けましょう。
債権回収が進まない場合の留意点・対処法
債権の回収が滞っている場合、長期間放置していると回収不能になってしまうおそれがあります。
債権者の方は、以下の各点に留意しつつ迅速に対応してください。
●債務者が倒産すると回収は不可能に|早めの対応が大切
「5年」や「10年」という消滅時効を頭に入れておくことも大切ですが、それ以上に注意しなければならないのが、債務者が倒産するリスクです。
債務の支払いが滞っている債務者は、すでに財務状態が悪化しており、早晩倒産する危険があります。
債務者が倒産してしまうと、債権のほとんどが回収不能になってしまいます。
「消滅時効の完成はまだ先だから」などと言わず、早い段階で債権回収に着手しましょう。
●正式な催告は内容証明郵便で行う
最初は債務者に対してメールやメッセンジャーなどで連絡すればOKですが、正式に債務の支払いを求める際には、内容証明郵便を送付しましょう。
内容証明郵便を送付すると、6か月間の時効の「停止」または「完成猶予」の効果が生じるため、その間に債権回収手続きの準備を整えることができます。
内容証明郵便の書式は決まっているので、不明な点があれば弁護士などに相談してみるとよいでしょう。
参考:
内容証明|日本郵便
https://www.post.japanpost.jp/service/fuka_service/syomei/index.html
●本格的な債権回収は弁護士に相談を
債務者が任意に債務を支払わない場合、法的手続きを視野に入れて、本格的に債権回収を行う必要があります。
その場合は、煩雑な手続きに対応するため、弁護士への相談をお勧めいたします。
ただし、債権額が小さい場合には、弁護士に依頼すると費用倒れに終わるおそれがあります。
電話・メールでの問い合わせや無料法律相談を活用して、事前に見積もりを確認しておくとよいでしょう。
債務の支払いを滞らせてしまった場合に生じるリスク・対処法
経営状態の悪化などにより、債務を期日どおりに支払えなかった場合、債務者には遅延損害金や強制執行のリスクが生じてしまいます。
融資や助成金を活用したうえで、どうしても支払いが難しい場合には、債務整理などによる対処を検討しましょう。
●遅延損害金が発生する
債務の支払いが遅れた場合、支払期日の翌日から「遅延損害金」が発生します。
延滞が長引けば長引くほど、支払うべき債務の金額は膨れ上がってしまうので、早期に支払いを完了することが大切です。
●強制執行により財産を失ってしまう
長期間債務を滞納していると、最終的には債権者に訴訟を提起され、債務者敗訴の判決が確定します。
その後、債権者によって「強制執行」の手続きがとられ、債務者の財産が差し押さえられてしまいます。
強制執行が行われた場合、債務者の生活や事業に多大な影響が出てしまうので、延滞解消に向けて早急に対処が必要です。
●融資・助成金や債務整理による解決を
日本政策金融公庫と商工組合中央金庫では、コロナ禍の影響を受けた事業者に向けた特別貸付を行っています。
参考:
新型コロナウイルス感染症特別貸付|日本政策金融公庫
https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/covid_19_m.html
参考:
新型コロナウイルス感染症に関する特別相談窓口|商工組合中央金庫
https://www.shokochukin.co.jp/disaster/corona.html
また、従業員に対する休業手当の支払いを補助するため、国によって「雇用調整助成金」が設けられています。
参考:
雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html
債務の支払いが滞っている事業者は、上記の貸付や助成金の利用ができないか、まず検討してみましょう。
これらの制度を活用してもなお、債務の支払いが難しい場合には、弁護士に債務整理をご依頼ください。
弁護士に債務整理を依頼すると、債権者からの取り立てがストップし、その後債務の減額や免除を認めてもらえる可能性があります。
まとめ
債権債務の支払いが滞ると、債権者には回収不能のリスクが、債務者には遅延損害金や強制執行などのリスクがそれぞれ生じてしまいます。
債権者・債務者のどちらの立場であっても、債権債務の支払い遅延の問題については、適宜専門家に相談して早急に対応しましょう。
阿部 由羅
ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。専門はベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。