社会が自粛ムードから徐々に脱しつつある中、飲食店も徐々に営業を再開しています。
とはいえ営業時間の短縮や席数を減らすといった対策を取りながら手探りという部分も多く、以前のような回転数に戻すのはなかなか難しいというのが実情でしょう。
それだけに、宴会や座席の無断キャンセルは防ぎたいものです。
店にとってはこれまで以上のダメージとなりますし、アルバイトにはもちろん、良識ある他の利用者にも与える影響は大きなものになります。
目次
コロナ禍で飲食業は大幅縮小
コロナウイルスの影響で、様々なサービス業が規模の縮小を余儀なくされました。
経済産業省が毎月発表している「第3次産業活動指数」は、2015年を100とした時の企業活動の大きさを示すものですが、2020年4月の飲食関連の指数は69.7でした。
また、3月よりもさらに低下しています(図1)。
図1 観光関連、飲食関連産業の活動指数(出所:「第3次産業活動指数」経済産業省) p15
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sanzi/result/reference/slide/result-sanzi-sanko-202004.html
テイクアウトのみ、としていた飲食店にも営業再開の動きが見られつつあります。
しかし消毒の徹底や席数を減らしての営業、といった感染対策はいつまで続ければ良いのかわからないままです。
こうした経費は掛かり続けますから、営業は効率的に進めたいものです。
また、席数を減らしている場合でも、一人でも多くのお客さんを迎えたいと考えるでしょう。
こうした意味でも、「無断キャンセル」の防ぎ方を考えなければなりません。
無断キャンセル被害額は年間2000億円
以前から飲食店を悩ませている「無駄キャンセル」ですが、経済産業省によると、予約をしておきながらその日時になっても来店しない「No Show」による被害額は年間2000億円にのぼるということです*1_p4
無断キャンセルによる「被害」
予約をしておきながら来店しない「No Show」によって飲食店にこのような「被害」が生じ、損害賠償を請求できるとするのが経済産業省の考え方です(図1)。
図1 No Showによる飲食事業者の被害例
(出所:「No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート」経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2018/11/20181101002/20181101002-1.pdf p3
ただ、「キャンセル料」をあらかじめ設定していない飲食店の場合、どこまでを「キャンセル客による損害」と考えて良いのかがわからないという事業者は多いでしょう。
というのも、飲食店の場合、来店した客に「飲食」を提供してはじめて商取引が成立するものであり、提供していない商品の金額をもらうことはできない、と考えられがちだからです。
また、お客さんとの関係悪化や店の評判なども気にしてしまうことでしょう。
しかし、上のような被害が実際としては起きていますし、防ぎたいものです。
そこで知っておきたいのが法律上の基準です。
「予約」=「契約」であるという概念
一般的に「損害賠償」には大きく分けて、2つの種類が存在しています。
①債務不履行による損害=契約(債務)を履行しないことにより、契約の相手方に生じた損害。
②不法行為による損害=契約が成立していなくても、故意や過失による相手方に生じた損害のこと。
ここで「契約」の概念について知っておくことが必要です。
契約というと、何か契約書、署名や捺印のいるもの、と考えてしまうかもしれませんが、そうではありません。
経済産業省の見解では、
一般的に、飲食の提供契約は、予約方法が何であるかに関わらず、内容が確定していれば、その時点で契約は成立すると考えられる。契約の内容が表示されるネット予約はもちろんのこと、口頭のみの電話予約であっても、契約は成立することがある。この場合、一方的な「キャンセル」に対して損害賠償を請求することが可能であると考えられる。
一方で、契約の内容が確定していないと考えられる場合でも、消費者の一方的な「キャンセル」に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求することは可能であるものと考えられる。
<出所:「No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート」経済産業省>
https://www.meti.go.jp/press/2018/11/20181101002/20181101002-1.pdf p7
(太字・下線は筆者追加)
無断キャンセルはほとんどの場合で、飲食店に何らかの損害を与えています。
少なくとも大人数の宴会の場合、そのために食材を調達したりアルバイトを増員したりして準備したとなると、大半は「無駄になってしまった」状態です。
もちろん「どこまでが損害か」というのは予約内容や店の収益構造などにもより、ケースバイケースです。
料理の内容が確定していない「席のみの予約」であっても、賠償請求できる損害が発生していると考えることが可能です。
では、何をどこまで「キャンセルの被害」と切り取ることができるのでしょうか。
損害を計算する目安
無断キャンセル(No Show)によって生じた損害を算出するに当たって経済産業省が前提としているのは、
・発生した損害を別の顧客で埋め合わせる(再販する)ことが著しく難しい
・飲食店側は時間に遅れて来店するかもしれない顧客のために席を確保していることが多く、予約時間後の平均2~3時間後まで(もしくは閉店まで)の機会損失が生じていることも考慮すべき
という2点です。
その上で、コース料理予約の場合と、席のみの予約について、損害額の考え方をこのように示しています。
①コース予約の場合
・発生した損害を別の顧客で埋め合わせることが著しく難しいと考えられ、全額が債務(契約)不履行による損害になることがある。
・ただし、転用可能な飲食物代や人件費がある場合はその分を除く必要がある
つまり、そのコースのためだけに仕入れた食材で他のメニューとして他のお客さんに提供できない場合、「転用可能」とは言いづらく、損害賠償の対象になりやすいということです。
一方で、例えば飲み物は特別なものではない限り、他のお客さんにそのまま売ることができます。
また、アルバイトについては「その予約の仕込みや接客だけのために増員した」人数の人件費は損害と言えますが、そうでない部分は他のお客さんの対応に回す(転用)ことが可能で、損害賠償の請求対象にはなりにくい、という解釈です。
②席のみ予約の場合
席のみの予約であっても、予約者が来店しないまま待機し続けたために発生する「損害」は十分に想定されます。
座席だけ確保しておき料理はその場で頼む、という形の予約もよくありますが、料理の内容がわからなくても店側は2~3時間は席を空けて待機していなければなりません。
時間前に連絡があれば他のお客さんを入れることもできますが、何の連絡もせず来店もしないとなってしまうと、店としては何の対策もできません。
よってその予約者が来店していれば売り上げになっていたであろう金額を「損害」と考えることが可能、だというのが経済産業省の考え方です。
この場合は、平均客単価などからキャンセル料を設定することができるとしています。
もちろん、現実的には上記のような目安を参考に「キャンセルポリシー」を事前に顧客に説明しておく必要があります。
「キャンセル料がかかりますよ」ということを予約段階で伝え、かつキャンセル料の算出根拠も示しておかなければなりません。
業種は違いますが、ホテルなどの場合、キャンセル料が「連絡なしの不泊=100%」「当日=80%」「前日=50%」などと決まっていることがあります。
経済産業省のレポートでは、参考になる形態として紹介されています。
口論やトラブルにならないキャンセル料回収法
無断キャンセルによる損害防止のためにはまず「キャンセル料」を設定し、それを確実に回収することです。
方法を間違えると店頭や電話で口論になるなど、アルバイトに負担がかかることが十分に考えられます。
IT活用で無断キャンセル防止
そこで経済産業省のこのレポートでは、無断キャンセルを防止する方法としてまずはITの活用を挙げています。
一番は、予約者の携帯電話に予約内容確認のメール(SMS)を送ることです。
契約であることを示すものでもあります。
そして適宜、3日前や前日などに予約の再確認の連絡を入れてくれるようなサービスを導入するという方法です。
また、営業時間外でもキャンセルの連絡を受けられる仕組みを整えておくことです。
メールで連絡できるようにすると、予約客もキャンセルの連絡を確実に入れやすくなります。
そして確実にキャンセル料を徴収する手段として、クレジットカード番号の事前登録が挙げられています。
インターネット経由の場合、キャンセルポリシーを示した上でクレジットカード番号を登録しておくことで、無断キャンセルとなった場合も確実に徴収することが可能です。
無断キャンセル抑止にも繋がるでしょう。
海外でのNoShow防止策
また、海外での事例も挙げられています。
まずアメリカの飲食店ネット予約サービス企業の場合、このような無断キャンセルポリシーを掲げています。
・キャンセルの場合には、遅くとも 30 分前までにその旨を連絡することを推奨している。
・予約を確定させるために、事前にクレジットカードの登録 が必要な飲食店もある。その場合、当該飲食店は No show 発生時に キャンセル料を請求する権利があると明記している。
・多くの飲食店では、遅刻は 15 分間のみ許容 している。事前の連絡なしで到着が遅れた場合、飲食店はその予約を No show として取り扱う。
・キャンセルポリシーの内容に懸念がある場合は、事前に飲食店の責任者と話し合うことを推奨している。
<引用:「No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート」経済産業省>
https://www.meti.go.jp/press/2018/11/20181101002/20181101002-1.pdf p13
そしてアメリカ限定のサービスではありますが、予約を遵守した利用者にポイントを付与する、というサービスも導入しています。
また、業種は異なりますが、中国のタクシー配車サービス事業者の例もあります。
飲食業のキャンセルに似ていて、ドライバーが現場に到着しても乗客が現れず連絡も取れない、という無断キャンセルの増加に対応したものです。
・ドライバーが乗客のオーダーを受けた後、乗客は5分以内に無料でキャンセルすることができる。それ以降は、ドライバーに5元(約 90 円)のキャンセル料を支払う必要がある。ただし、ドライバーが予定時間内に乗車地に到着できない場合、乗客は無料でキャンセルすることができる。
・乗客が予定時間以内に乗車地に到着しなかった場合、ドライバーはオーダーをキャンセルことができる。もしくは、乗車予定時間からの乗車代金を請求することができる。
<引用:「No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート」経済産業省>
https://www.meti.go.jp/press/2018/11/20181101002/20181101002-1.pdf p13-14
こちらは、スマートフォンのアプリと決済手段を紐づけることで、キャンセル料を確実に徴収し、無断キャンセル防止にも繋げています。
他には北京の病院の場合、予約時に身分証明書と携帯電話番号の登録を義務付け、無断キャンセルが一定の回数を超えた場合は、当面予約資格を停止する、という措置が取られています。
医療機関の場合は、他の患者への影響を考えると無断キャンセル防止はより大きな課題になるでしょう。
このように、「非対面」「自動的」なシステムを取ることで、その場での口論やトラブル防止、あるいはキャンセルそのものを防ぐ効果が期待できます。
「予約は契約の成立である」という意識づけ
飲食業の場合、「キャンセル料」という言葉やシステムはあまり馴染みがないかもしれません。
あったとしても抑止のために「キャンセル料を取ることがありますよ」という通知程度にとどまってしまい、結果として損失を抱え込んでしまうことは多いでしょう。
しかし限られた時間や席数を最大限活かすためにも、こうした無断キャンセル対策は重要性を増しています。
直接な解決方法としては上記のクレジットカード登録制が最も理想と言えるかもしれません。
また、先のアメリカの飲食店ネット予約サービスのように、「予約を守るとポイントをつける」システムは懲罰性を感じにくく店にとっても利用者にとってもメリットがある、気分の良いサービスとも言えるでしょう。
No Showによる無断キャンセルは、他の利用者にも被害を与えています。
本当に利用したいお客さんが満席を理由に諦めてしまうというのが代表例でしょう。
先日、関東地方の温泉旅館が正月の宿泊予約を無断キャンセルした予約者を相手に損害賠償を求める訴訟を起こしたというニュースがありました。
同じ予約者によって同一県内で複数の旅館の無断キャンセルを出されていることがわかり、その被害額は250万円にのぼるというものです。
「面倒臭い」と思われないために予約をシンプルな形で受けてしまう、ということは多いかもしれません。
しかし、コロナ対策をしながらの営業は、これまでよりも規模の縮小を余儀なくされます。
損害は最小限にしたいところです。
また、キャンセルの規定が曖昧なためにアルバイトがクレーム処理を負わされる、という事態も防ぐためにも無断キャンセル対策を検討してみてはいかがでしょうか。
*1 「No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート」経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2018/11/20181101002/20181101002-1.pdf
<清水 沙矢香>
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。
Twitter:@M6Sayaka