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ありえない価格設定のテイクアウト 顧客の心を掴んだ奈良の飲食店「鉄板キッチンcona」

コロナ禍の中で廃業を検討する飲食店が増える中、飲食店にとって非常に厳しい経営環境で知られる奈良県で、変わらず顧客の支持を受け続ける店があります。
そのお店の名前は、奈良市富雄の駅近く、和牛ステーキと、レアでも食べられるハンバーグが看板メニューの「鉄板キッチンcona」。

しかしながら同店も、コロナ禍の中で
「週末なのに、1件も予約がない」
厳しい状況に立たされ、仕込みすらほとんどできない状況に追い込まれました。

それでも店主の吉川領哉さんはアルバイトの雇用・出勤を維持し続けますが、
「やる事が無さ過ぎてそろそろしんどい」
と、アルバイトスタッフからも弱気の発言が出たほどだったそうです。

そんなある日、吉川さんは
「こんな時だからこそ、ステイホーム中の皆さんに喜んでもらいたい」
と、意外なテイクアウトメニューの販売を打ち出しました。
するとこれが大ヒットし、たちまち捌けないほどの注文が殺到することになります。

いったい吉川さんはどんな“マジック”を使ったのでしょうか。
そこには、アルバイトの雇用を維持し、また厳しい経営環境に苦しむ全国の飲食店経営者の人にもぜひシェアしたい教訓が溢れています。

目次

奈良は飲食店にとって「非常に厳しい」世界

令和の時代に「時代遅れ」なハガキとメルマガで情報発信

飲食店が果たすべき社会的使命とは

奈良は飲食店にとって「非常に厳しい」世界

吉川さんが取り組んだ施策をご紹介する前に、奈良県という土地が飲食店にとってどのような環境なのか。
少しデータで見ていきましょう。

奈良県といえば野生の鹿や東大寺の大仏さまをまず思い浮かべる人も多いかもしれませんが、非常に特徴的な、いくつかの土地柄がみられます。
中でも、奈良の飲食店にとって関わり深いデータと言えば、都道府県別の酒類消費量でしょう。
実は奈良県は、日本屈指の「お酒を飲まない」都道府県のひとつです。

国税庁が発表した都道府県別・1人あたりの酒類販売(消費)数量表によると、奈良県は日本で3番目に、「お酒を飲まない」地域性があることがわかります。*1
※沖縄県を除く46都道府県のデータ

同資料によると、奈良県民一人あたりの年間酒類消費量は62.2リットル。
これは、全国トップである東京都(111.6リットル)の55%に相当し、ほぼ半分といったところです。
全国平均の80.5リットルに比べても、77.2%程度です。

ちなみに全国でもっともお酒を飲まない都道府県のランキングは

42位 静岡県 66.6リットル
43位 三重県 64.4リットル
44位 奈良県 62.2リットル
45位 岐阜県 60.4リットル
46位 滋賀県 58.6リットル

全国でもっともお酒を飲む都道府県のランキングは

1位 東京都 111.6リットル
2位 高知県 95.5リットル
3位 宮崎県 93.0リットル
4位 秋田県 92.9リットル
5位 青森県 92.2リットル

となっています。

なおこのデータを見て、勘の良い方はすでにお気づきだと思いますが、これは実は「域内消費量」の数字です。
「上戸/下戸」の都道府県別の住民体質を、必ずしも表すものではありません。
奈良、岐阜、滋賀の都道府県はそれぞれ大都市圏のベッドタウンであり、
「勤務地で酒食を済ませ、家は寝に帰る」
という人が多い都道府県、という特徴があります。

そのため東京都が飛び抜けて消費量が多くなっていますので、数字の見方には注意が必要です。

「であれば、大阪も多いはずじゃないのか?」
と疑問に思われるかもしれませんが、そのとおりです。
同調査によると大阪は6位で、91.8リットルとなっています。
2位~5位の各都道府県は酒豪として知られる土地柄であり、イメージ通りの県民性はさすがと言ったところでしょうか。

さらに、奈良県の飲食業経営者を悩ませるのは、こちらの数字でしょう。
実は奈良県は、全国でもっとも、域内宿泊者の少ない都道府県です。


観光庁「宿泊旅行統計調査(平成31年2月・第2次速報、平成31年3月・第1次速報)」
https://www.mlit.go.jp/common/001287500.pdf

少し信じがたい数字かもしれませんが、奈良県には名刹や古刹が各所にあり、さらに国宝の県内所在数では全国3位であるにも関わらず、県内宿泊者数は全国最下位に低迷しています。
県内の宿泊者が少ないということは、夜の街、すなわち県内の飲食店で飲食をしようとする人がそれだけ少ないということです。

つまり奈良県とは、住民は県外に働きに出て、職場近くで酒食を済ませて家には寝に帰るだけ。
観光客は昼間だけ観光名所を周り、夜は大阪や京都など隣接する地域に行ってしまい、そこで宿泊して食事を済ませる。
そういう土地柄であることを、データが示唆しています。

このような土地柄で飲食店が生き残るためには、非常に数少ない「ロイヤルカスタマー」(=お店の熱心なファン)を掴む以外に、生き残る方法がありません。
言い換えれば、コロナ禍の中で経営に苦しむ全国の飲食店経営者は、これほどのディスアドバンテージを背負っている奈良でも顧客の心を掴んでいる飲食店経営者に、学ぶ価値があると言えそうです。

令和の時代に「時代遅れ」なハガキとメルマガで情報発信

このような中、吉川さんはどのようにして顧客に対し情報発信をしているのでしょうか。
SNSでのタイムリーな情報発信。
webサイトでのユニークなイベントの企画。
いろいろなことが考えられますが、吉川さんが使っているツールは、令和の時代にあって

・月1回の手書き印刷のハガキ
・2週間に1本のメルマガ

この2つだけです。
お店に備え付けの会員登録用紙に必要事項を記入すると、すぐに送られてくるようになります。


Facebookにお店のアカウントはかろうじてありますが、もうとっくに更新が止まっています。
お店のwebサイトもあるにはありますが、全く情報が充実していません。
38歳という吉川さんのご年齢を考えると、これら媒体を使いこなせないということでもないでしょう。
にも関わらず、この情報発信の頻度、方法だけがアクティブな状態です。

そしてメルマガでは、
・特別メニューを仕入れた経緯
・味の素晴らしさ、食材生産者の努力
・その他、店やスタッフの雑記ニュース
が流れてきます。

時にはアルバイト募集のメッセージまで流してしまい、時給や待遇まで顧客に赤裸々にオープンにしてしまう有り様ですが、それが逆に店主との距離を近くして、お店の敷居を低くしています。

そんな中、飲食店を直撃したコロナ禍。
吉川さんのメルマガにもその影響が出始め、

「お察しの通り、仕事ないんです(笑)」
2020年4月14日

「売上は60%ダウンとえらいこっちゃな状態です。」
「この飲食店という仕事がいかに好きかを再確認して胸が締め付けられたりもしています。」
「大好きなお客さんでいっぱいの店内が恋しいです。」
2020年4月21日

決して悲壮感はないものの、店の経営が大変なことが痛いほど伝わってくる内容に変わっていきました。

そんなある日、吉川さんから意外なメルマガが届きます。
それはお店の生命線である、テイクアウトの売れ筋メニューを半額近くに値下げをするというもの。
その経緯を、吉川さんは以下のように記しました。

「『え?この時期にそんなんして大丈夫なん??』と心配して下さった方、本当にありがとうございます☆全然大丈夫じゃないです(笑)」
「今、大変な思いをしているのは飲食業の人間だけではもちろんなくて世の中みんななので」
「皆さまのご家庭でのお食事が少しでも楽しい時間になれば嬉しいな」
2020年5月12日

ある意味で、「飲食店狙い撃ち」とも言えるような営業自粛の要請。
経営的には全く先が見えず、今なお全く先が見えない中で、僅かな売上の支えであったテイクアウトの人気メニューを大幅値下げし、

「ステイホームで皆さんが辛い思いをしている時期だからこそ、飲食店がお客様に役に立てること
で恩返しがしたい」

と、顧客に発信したのです。

こんな店主の心意気に触れてしまえば、顧客の側も負けていられません。
文字通り「食べて応援」とばかりにたちまちテイクアウトの商品を買い求め、通常価格のメニューも購入し応援しようと、同店には注文が殺到することになりました。

その勢いは凄まじく、ほどなくして、
「テイクアウトメニュー、連日の売り切れです。できれば予約をお願いします!」
という号外が出る始末。

午前中から深夜まで仕事をして休む暇がないという店主の嬉しい悲鳴が、メルマガに登場するようになりました。

 

飲食店が果たすべき社会的使命とは

飲食店とは、単に食事をするためだけの場所ではありません。
非日常の食事を楽しむところであり、店主のもてなしの心に触れに行くところであり、特別な日を過ごすところという側面も大きいです。
言い換えれば、飲食店とは地域の食文化そのものであり、逆に言えば地域の人の手厚い支持を受けることができたお店だけが、地域の食文化を育てていくことを託された存在になれるといっても良いでしょう。
そんなお店は顧客もまた全力でお店を支え、自分たちの大事な「特別な場所」を守ろうとします。

顧客は店主の吉川さんが仕掛けた「テイクアウトメニュー大幅値下げ」に殺到しましたが、それは決して「少しでも得をしてやろう」と言う思いからではありませんでした。
店主からのわかりやすい情報発信を通して、
「今、何をすれば、少しでもお店の力になることができるのか」
を理解したからこその、「恩返しに対する恩返し」であったのです。

先述のように、奈良県という土地柄は
「僅かしかいないロイヤルカスタマーをどのように獲得するか」
が飲食店の命運を分けます。
そしてロイヤルカスタマーの獲得に失敗したお店は、その多くが廃業に追い込まれます。
ラッキーパンチが存在しない、過酷な経営環境です。
しかしこの価値観は、本当に奈良県という土地柄だけで通用する考え方でしょうか。

コロナ禍の中にあってもお店のことを想い、そして実際に足を運んでくれるのは、ロイヤルカスタマーしかいません。
「飲食店、大変だって聞くけどあのお店は大丈夫だろうか」
と心配してくれるのは、ただロイヤルカスタマーのみです。

そんな顧客を獲得できるのは、店主もまた
「こんな時だからこそ、お客さんの役に立つことで少しでも恩返しをしたい」
と本気で考えているような経営者だけであると言って良いでしょう。

大変な時こそ支え合える人間関係は、平時から時間を掛けて積み上げる以外に方法はありません。
このコロナ禍の中だからこそ、改めて「顧客との関係」について考えてみてはいかがでしょう。
そして奈良の片隅で、そのお手本のような経営でロイヤルカスタマーから手厚い支持を集めている店主のやり方から、ヒントを得てみてはいかがでしょうか。

*1
国税庁「平成29年度成人1人当たりの酒類販売(消費)数量表(都道府県別)」
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2019/pdf/041.pdf

【著者】
桃野泰徳(ももの・やすのり)                                
1973年滋賀県生まれ。
大和証券を経て、いくつかのベンチャー企業でCFOを歴任し独立。
個人ブログでは月間80万PVの読者を持つなど、経営者層を中心に人気を集める。

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