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「トイレットペーパーが品切れ」ネットのデマはなぜ拡散し、信じられてしまう?

新型コロナウイルスについては様々な情報が踊り、否定され、異なる情報を信じる人の間で争いもあるなど、特にSNS上では大混乱が起きています。
また、マスコミの報道にも多くの人が疑問を抱くようになり、何を信じていいのかわからないという人も多いことでしょう。

こうした状況が引き起こされた背景には、様々な要因があります。
経済産業省のレポートを元に経緯を見ていきましょう。

 

コロナ流行直後からの様々な情報

まず冒頭に、筆者はマスコミ報道や政府発表だからといって、その内容が100%真実とは思えないときがある、という立場からこの記事を書いていることをお断りしておきます。
その上で、経済産業省のこのレポートは冷静な分析を含んでいると判断し、ご紹介しています。

さて、COVID-19が日本でも流行の兆しを見せ始めた頃、まず最初に出回ったのは「トイレットペーパーが品切れになる」というものでした。2020年2月27日のことです。

この誤情報はSNSで瞬く間に拡散され、また、各地で買い占めが起きているというマスコミ報道によって情報は拡大し、次にはネットユーザーが品切れの現場に直面する画像や情報を発信する、といった形で騒動は拡大しました。

ウソが現実になってしまったのです。

経済産業省は、拡散の規模や人々の行動に与えた影響の深刻度が大きかったものとして、以下のようなケースを紹介しています。

1.「トイレットペーパーが品切れになる」(日本)
2.「イブプロフェンがコロナ患者に悪影響を与える」(英国・フランス・米国)
3.「5G技術がコロナの原因である」(米国・他多数)

<引用:「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p14

他にも多くの情報が拡散されました。

それぞれのきっかけや広がり方は以下のようになっています。

■「トイレットペーパーが品切れになる」情報の拡散経緯
情報拡散の推移はこのようになっています。

図1 トイレットペーパー品薄に関する情報流通量
(出所:「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p17

①2月27日に海外での買い占め情報がネットメディアによって伝達され日本でもTwitterで個人のアカウントが品切れを発信。マスコミのニュース番組アカウントでも情報が連携されるように。

②翌28日にかけてマスコミが各地での買い占めを報道、不安を煽る

③29日以降、品薄・売り切れが継続

その後は、多くのユーザーがSNSなどで買い占めをやめるように呼びかけましたが、買い占めは止まりませんでした。

そして驚くべきことに、買いだめをした理由はこのようなものでした(図2)。

図2 買いだめをした人の割合とその理由
(出所:「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p20

デマだとわかってはいても、他人に買い占められる前に買いに走った、インターネットやテレビの情報で不安を煽られた、という状況に人々は直面したのです。

マスコミは、騒動が大きくなってから火消しに走りましたが、ほとんど効力はありませんでした。嘘を誠にしたまま、止めることはできなかったのです。

経済産業省は「ユーザーは不安を煽られた場合(誤情報かどうかに関わらず)、あとから訂正されても自分の身を守るためなら行動を変えることはない。トイレットペーパー不足の現状とメディアの発信内容に乖離が発生した場合は、自衛のために行動せざるを得ない」と分析しています*1。

この分析に納得のいく人は多いのではないでしょうか。

■「イブプロフェンがコロナ患者に悪影響を与える」情報の拡散経緯
この情報の拡散のきっかけは、2020年3月にNewYorkPostの記者が「イブプロフェンは4歳の患者に悪い影響を与えた」という記事を投稿したところから始まりました。

すると、フランスの保険相がこれを元に注意喚起のためにツイートをしたところ、さらに拡散されたという状況です。

その後、十分な医学的根拠をもとに誤情報が訂正されても、大きな話題にはなりませんでした。
先ほどのトイレットペーパーの話題同様、「のちになってからの訂正」が効力を持たなかったのです。

■3.「5G技術がコロナの原因である」情報の拡散経緯
これはイギリスが発信源です。
ある著名作家がBBCのテレビ番組でコロナの原因は5Gであると発言、それが各種ネットメディアで拡散され、電波塔を攻撃するという事件にも繋がりました。

情報拡散の推移はこのようなものです(図3)。

図3 「コロナは5Gが原因」情報の情報流出量
(出所:「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p26

こちらも、のちにガーディアン紙が誤情報であるという情報を報じましたが、収まる気配はなく、各国の言語に翻訳され、世界中に拡散が止まらなくなったという状況です。

 

誤情報拡散の背景にある共通点

これら3つの情報拡散には共通点があります。

いずれも、まず最初の発信源が専門家や研究者によるものではないことです。
トイレットペーパーに関しては一個人、イブプロフェンに関しても医師ではないひとりの記者の発信、5Gに関しても工学の専門家ではなく、スピリチュアルや陰謀論に関する著作を多く発表している一人の作家によるものです。

かつ、拡散が始まると、のちの訂正は力を持たなかったという点です。

■心理学的仮説①フィルターバブル
デジタル空間での議論や主張、その広がりについては、様々な研究が進められています。まず、「フィルターバブル」「エコーチェンバー」という現象が指摘されています(図4)。

図4 フィルターバブルの概念図
(出所:「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p10

フィルターバブルというのは、多くの情報に囲まれたとき、自分が見たい情報だけをピックアップするという心理現象です。

今回、COVID-19に対しては、様々な情報が流れています。一方で「流れていない」情報があることも十分に考えられます。

筆者の周辺では、「無症状感染者から他の人に感染するということを信じない」という人がいます。
この人の主張が「色眼鏡かもしれない」と感じたのは、この人が飲食店経営者で、営業自粛を強いられていたということです。

しかしその後その人は、「マスクは無意味である」「コロナは風邪にすぎない」という論調に発展していきました。自分に都合の良い情報を雪だるま式に集めていった結果です。

■心理学的仮説②エコーチェンバー
もうひとつは「エコーチェンバー」と呼ばれる現象です(図5)。

図5 エコーチェンバーの概念図
(出所:「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p10

ネット上とはいえ、人付き合いは閉鎖的なものです。そして、その中で自分と同じような意見を持つ人とはつながりを望み、違う意見を持つ人は「ブロック」機能を使うというものです。

すると、偏った意見の中で「心地よく」「自分と同じ考えが拡散される」ことを望むようになります。しかし、それは意図的に選別した仲間内での居心地の良さ、「他人も自分と同じ事を思っている」という自信につながってしまうだけです。

実はこれは、マスコミにも当てはまるケースが散見されると筆者は感じています。
台本に見合った出演者を選ぶというのは、番組作りの中である程度必要になってしまうという経緯を筆者は何度も目にしています。

 

マスメディアの落ち度

また筆者は、マスメディアの「なかのひと」の質の変化を感じています。厳しく言えば「劣化」と「思考停止」です。

■SNSに頼りすぎる情報収集とスピード合戦の弊害
経済産業省のこのレポートには、マスメディアについて驚くべきことが紹介されています。

米国のジャーナリストの多くが、記事の情報源としてSNSを活用していると回答。
一方、インタビューの実施(20%)や情報の正しさを確認するための手法(24.7%)として活用しているという回答は少数にとどまった。

<引用:「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p9

「日本のマスコミは偏向報道」という声が高まる中で、海外のメディアの記事に信頼を置く人が増えていますが、その実態は上のようなものなのです。

その背景にあるのは、マスコミがSNS対応を迫られる中で、「情報の速さを競う習慣」ができてしまい、速さを競うために内容の確認が甘くなっているという可能性が考えられます。

実際、数年前には、経験の少ない若いスタッフにネット上で情報を探すように指示し、そのスタッフが合成画像であることを見抜けないまま放送に乗せてしまったというトラブルもありました。その後SNSで冷笑の対象になり、ミスがさらに拡散されるという顛末でした。

スピードを求めるあまり、チェック機能が働かなかったことが大問題でもあるでしょう。

■「疑う力」「質問力」の欠如
加えて、筆者がテレビ報道などを見ていて感じるのは、「疑う力」「質問力」の欠如です。
記者会見など現場に出ていても、相手の答えをひたすらメモにすることが仕事になっているという記者は少なくありません。

放送局の知人から聞いたところでも、人手不足もあって、教育研修に時間をかけられない実態があるというのが今のマスコミの現状です。
これでは、発表者にとって都合の良い情報だけが流れていきます。何かを隠していたとしても、疑う力がないため突っ込んだ質問ができないという具合です。

結果として「垂れ流し」になり、「偏向報道」と呼ばれるのも筆者としてはある程度納得がいきます。

 

情報過多の時代をどう生き抜いていくか

私たちが立たされている世界がこのような状況である以上、残念ながら「害となる情報」から、自分で自分の身を守らなければならないという環境の中にいます。
ただ、最低限知っておきたいのは、科学や医学に100%はないということです。

ましてや世界がこれまでに経験したことのない状況の中です。善意から誤情報を発信してしまう人もいます。

少なくとも、様々な情報を発信する人について、「この人はどんな人なのか、どんな環境に置かれている人なのか」「こんなフィルターを持っている可能性がある」といったことを最初に考慮し、それが不明な場合は「聞き流す」必要もあるということは確かです。

 

*1
「デジタル空間における信頼創出に向けて」経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/R2_Johouhasshintayouka_report.pdf p20

<清水 沙矢香>
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。
https://twitter.com/M6Sayaka

 

 

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