新型コロナウイルスの影響は、思わぬところでトラブルを引き起こしています。
全国の消費生活センター等に、2020年1月から4月の間に寄せられた、新型コロナウイルス関連の消費生活相談件数は、155件(1月)から14,972件(4月)と、100倍近くに増加しました*1。
相談事例のトップは「マスク関連」で、「マスクの品不足、高価格」や「注文した覚えのないマスクが届いた」など。
また、宿泊施設や航空券のキャンセルに対し、
「新型コロナウイルスが理由なのに、規定通りのキャンセル料を請求された」
などが寄せられました。
新型コロナウイルスが人体に与える影響だけでなく、このような「二次被害」が、日常生活に大きな影を落としています。
そしてこれは、職場でも起きています。
目次
職場でとるべき・採れる新型コロナウイルス対策
介護施設を運営する顧問先の社長から、筆者へ相談がありました。
「スタッフAが、歓楽街で夜遅くまで飲み歩いているようだ。ウチの利用者は高齢で、身体介助など至近距離での対応が必要。もし、感染者が出たら大変なことになるから、何度も自粛を説明したが、聞き入れてもらえない」
最近、このような相談を頻繁に受けます。
労働時間内であれば、事業主の指示に従う必要がありますが、業務時間外のプライベートまで管理はできません。
そのため、介護や医療、飲食業など、顧客と近い距離で対応しなければならない職種の事業主は、感染防止に頭を悩ませています。
仮に、スタッフAが新型コロナウイルスに感染した場合、事業所を閉鎖せざるを得ません。
それどころか、スタッフAから感染した利用者が、万が一死亡した場合など、事業所が法的責任を問われる可能性があります。
では、どのように感染を予防すべきでしょう。
実際に最も実施されている対策として、「就業前の検温と消毒、業務時のマスク着用」が挙げられます。
出勤したらまず検温し、何度以上の熱がある場合はすみやかに帰宅する、など、事業所ごとにルールを決めておきます。
もし、労働者がこれらのルールに従わなかった場合、事業主は、懲戒処分を行うことが可能です。
懲戒処分を行う場合、就業規則に「懲戒の種類」「懲戒の事由」などを定めておく必要があります。
さらに、労働者への周知も必要なため、トラブルが起きる前に準備しておかなければなりません。
また、社会通念上相当であること、客観的に合理的な理由であることが求められるので、無理難題を懲戒事由に記載しても、「解雇権の濫用」とされる可能性があります。
あくまで、懲戒の必要性と労働者の不利益とのバランスが重要です。
顧問先の対応をみていると、「マスクの着用」「検温」「換気」が、有効策であると感じます。
もし、労働者から「体調に異常を感じる」などの申し出があった場合は、その時点ですぐに病院を受診させます。
しかし、労働者が自らの体調不良を隠している場合などは、確認のしようがありません。
なぜ体調不良を隠すのか。それは新型コロナウイルスに感染した疑いをかけられ職場で差別を受けることや、責任追及されることを避けるためです。
このような本末転倒の事態を招かぬよう、仮に、労働者の体調不良が発覚したとしても、過度に騒がず、冷静な指示と対応を心がけてください。
「コロハラ」の実態とは
つい先日、飲食店でアルバイトをするBさんが、泣きながら電話をかけてきました。
「先週、風邪気味で病院に行きました。時期的に、コロナが心配だったので、合わせて検査をしてもらいました。とりあえず、検査結果が出るまでは仕事を休むように言われたので、職場へ連絡したところ、
『コロナなら店に迷惑がかかるから責任をとれ』
『シフトの穴埋めができる人を自分で探せ』
『コロナなら建物を消毒する費用を弁償しろ』
と、恐ろしいことをたくさん言われました。
そんなお金は用意できないし、具合も悪いから休ませてほしいのに、どうしたらいいのでしょう・・・」
事業主が、新型コロナウイルスを警戒する気持ちはわかりますが、これはやりすぎです。
かつ、脅迫まがいのメッセージが頻繁に送られており、なかには、
「クズ」
「ノロマ」
など、人格否定ともとれる発言もありました。
Bさんが受けたこの行為は、新型コロナウイルスに起因する「パワハラ」です。
職場におけるパワーハラスメントの定義として、
優越的な関係を背景とした言動であって、
業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
労働者の就業環境が害されるものであり、
1~3すべての要素を満たす場合にパワハラと認定されます*2。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲内での指示や指導は、職場におけるパワハラには該当しません。
数日後、Bさんから
「何十通もの怖いメッセージが、毎日送られてきます。でも、仕事辞める、って言ったらもっと責められそうで・・・。携帯を見るのが怖いし、夜も眠れません。私なんて、消えた方がいいですよね」
と、メッセージが届きました。
これはもはや、正常な精神状態ではありません。
まずは、メンタルクリニックの受診をすすめ、お店からのメッセージは読まずに、気持ちを落ち着かせることを優先するよう助言しました。
さらに数日後、Bさんから、新型コロナウイルスの検査結果が「陰性」だった、と連絡がありました。
「私、いまから労働基準監督署へ行ってきます。退職についても、さっき、SNSで伝えました。お店が私に送ってきたメッセージは、すべて保存してあるので、全部見せてきます」
と、以前より強い意志を感じる内容の文面で安心しました。
その一方で、事業主が恐れるべきは、この事態です。
Bさんが労働基準監督署へ相談に行った結果、事業主に何が起こるでしょうか。
Bさん個人のケーススタディではありますが、事業主が労働基準監督署の臨検を受けた場合、今回のパワハラだけでなく、以下の指摘を受ける可能性が考えられます。
・新型コロナウイルスと決めつけ、罵詈雑言を浴びせたこと(パワハラ)による精神疾患について、労災認定される(場合によっては、さらに刑事・民事責任を問われる可能性がある)
・労務管理が不適切な場合、多額の未払残業代などの費用が発生する
・保険料の支払いを逃れるための「偽装請負」を指摘される可能性があり、未払残業代等の支払いに加え、各種保険料の支払いが必要となる
もちろん、コンプライアンスの徹底をしていれば、このような事態は免れます。
「コロハラ」以前の問題と思われるかも知れませんが、労働者に理不尽な要求を突きつける経営者であるという心証になれば、判断が分かれるようなケースでも厳しく断じられるでしょう。
またハラスメントに関しては、「相手がどう受け取ったのか」が重要なため、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が元となり、トラブルに発展するケースも多いのです。
このような最悪の状況に至らないよう、企業側は、コンプライアンスは当然のこと、労働者との適切なコミュニケーションを保ち、誤解や齟齬を生まない努力が必要です。
■ハラスメントの今後
2020年6月1日から、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました。
これにより、パワハラ防止措置が事業主の義務となりました(中小企業は2022年4月1日から)(図1)。
図1:厚生労働省//リーフレット簡略版(2020年6月1日から、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000635339.pdf
パワハラの対象者は、自社の労働者だけでなく、フリーランスやインターンシップ、個人事業主など
「自らの雇用する労働者以外の者に対する言動」
に対しても、同様の方針を示すことが望ましいとされています。
今回、ハラスメントの相談窓口の設置が義務付けられましたが、職場の人には相談しにくい場合もあります。
そのようなとき、公的機関である「ハラスメント悩み相談室*3」の利用をお勧めします。
電話、メールでの相談が可能で、プライバシーは厳守されます。
パワハラで指摘される、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」について、コロハラの場合も注意が必要です。
とくに、新型コロナウイルスを警戒するあまり、過剰に反応・批判してしまうことで、労働者は「パワハラ」と受け取るおそれがあります。
新型コロナウイルスに関する、正しい知識と最新の情報を集め、適切な対応を心がけましょう。
*1参考:独立行政法人国民生活センター/新型コロナウイルス関連の消費生活相談の概要(2020年1月~4月)
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20200519_1.pdf
*2参考:厚生労働省/リーフレット簡略版(2020年6月1日から、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000635339.pdf
*3参考:厚生労働省/厚生労働省委託事業ハラスメント悩み相談室
https://harasu-soudan.mhlw.go.jp/
特定社会保険労務士
浦辺里香 (うらべりか)
早稲田大学卒業後、日本財団、東京中日スポーツ新聞で勤務。社労士試験に合格後、事務所を開業し独立。その翌年、紛争解決手続代理業務試験に合格し、特定付記。