2020年の年明け、突如現れた新型コロナウイルスは、世界中の人々を感染症の恐怖に陥れました。
ウイルスや細菌は目に見えません。
この「目に見えない恐怖」こそ、感染症の一番やっかいな点であり、人々が不安になる最大の理由です。
経営者や現場で指揮をとっている方の多くは、職場内での感染症蔓延や、従業員家族への感染拡大に不安を感じているのではないでしょうか。今回は、感染症から従業員を守るため、職場で行う基本的な感染予防対策について解説します。
目次
病原体は目に見えない!だからこそ感染症を正しく恐れよう
2003年のSARS、2009年の新型インフルエンザ、そして今回の新型コロナウイルスと、感染症は私たちの健康だけでなく日常生活をも脅かす存在です。
感染症の原因となるウイルスや細菌は非常に小さく、私たちが肉眼で確認することはできません。
「目に見えない恐怖」は人々の不安を煽り、ときに社会的パニックを引き起こします。
トイレットペーパー・マスク・食料品の買い占めは、「感染症によって日常が失われる」と人々が危機感を抱いた結果といえるでしょう。
残念ながら、この世にウイルスや細菌が存在している以上、感染症を完全になくすことはできません。
その事実を前提に、私たちができることは次の2つです。
感染症にかからないようにすること(感染予防)
感染症を広げないこと(感染拡大の予防)
今回の新型コロナウイルスでは、1人の感染者から複数の人が感染する「クラスター(患者集団)」の発生が、感染拡大の一因と言われています。*1
多くの人が集まる職場では、たった1人の感染者から複数の従業員に感染が広まっても不思議ではありません。
前置きが長くなりましたが、職場の感染予防対策で大切なことは「感染症について知ること」「感染予防のために何をすべきか理解すること」です。
一人一人が正しい知識に基づいて行動する。
不確かな情報に振り回されず、「正しく恐れる」ことが感染予防では大切なのです。
感染予防の前に・・・特徴と侵入ルートを知ろう
感染予防をするうえで、敵(病原体)の特徴と、その侵入ルート(感染経路)を知ることは非常に重要です。
ウイルスや細菌などの病原体は、むやみやたらに広がっているわけではありません。
なかには空気中をフワフワと漂いながら広がっていくものもありますが、多くの病原体は「人」「モノ」を介して感染していきます。
細菌の大きさは約0.5〜10μm、ウイルスは細菌よりさらに小さく0.5μm以下です。
インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスは約0.1μmといわれています。
1μm=1/1000mmなので、気が遠くなるほどの小ささです。
これらの病原体は、主に「飛沫」「空気」「接触」という手段を使って広がります。
◯飛沫感染
人から人へとうつる病原体の多くは、感染者の咳・くしゃみ・会話中に飛び散るツバとともに体の外へ出ていきます。
この吐き出された“しぶき”を、「飛沫(ひまつ)」と呼びます。
飛沫感染は、不幸にも感染者の咳やくしゃみを近距離で浴びてしまったり、対面で会話をしたりして、飛沫が口・鼻に付着することが原因です。
「しぶきが口に入る?!」と驚かれる方もいるでしょうが、目に見えない微細な飛沫は、1〜2mほど飛び散ることがわかっています。それらの飛沫を、気づかないうちに吸い込んいるのです。
飛沫感染の代表的なものには、風邪・インフルエンザなどがあります。*2
◯空気感染
空気感染は、その名の通り空気中を漂う病原体を吸い込むことで感染します。
飛沫(しぶき)の水分が蒸発すると、一部のウイルスや細菌は単体となってフワフワと空気中に舞い上がります。イメージとしては、飛沫という身ぐるみをはがされたウイルスたちが、丸裸で空気中を泳いでいる状態です。
空気感染のやっかいなところは、飛沫感染と違い「街中を歩いているだけで」さらには「感染者から遠く離れていても」感染のリスクがあることです。
代表的なものに結核・水ぼうそう・麻しん(はしか)などがあります。*2
◯接触感染
接触感染は、「手」や「モノ」を介する感染です。
例えば、感染者が咳・くしゃみを自分の手で受け止め、その手で周囲の「モノ」に触れる場合です。
あるいは咳エチケットをせずに、周囲に飛沫を撒き散らしたとしましょう。
汚染された「モノ」を、そうとは知らずほかの人が触ったらどうなるか・・・容易に想像できますね。
職場であればデスク・電話の受話器・ドアノブなど、公共の場であれば電車やバスのつり革・手すり・自動販売機などが考えられます。
汚染されたモノを触った手で、食事をする・目をこする・鼻に触れることで、病原体が体の中に入ってしまうのが接触感染です。*3
引用)事業所・職場における新型インフルエンザ対策(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/090217keikaku-08_0001.pdf
感染予防にマスクは有効?
今回のコロナウイルス感染拡大を受けて、店頭からはあっという間にマスクが消えてしまいました。それほど、日本では「感染予防=マスク着用」が浸透しているのです。
ほとんどの方は、「自分の感染予防」のためにマスクを着用していると思いますが、マスクは本来「感染症を他者にうつさない」ためのもの。
厚生労働省は、新型コロナウイルス感染予防におけるマスク着用について、次のような見解を出しています。
”ご自身の予防用にマスクを着用することは、混み合った場所、特に屋内や乗り物など換気が不十分な場所では一つの感染予防策と考えられますが、屋外などでは、相当混み合っていない限り、マスクを着用することによる予防効果はあまり認められていません。”*4
一般的な市販のマスクは、自分から他者に飛沫がとぶのを防ぐ「咳エチケット」としては有効ですが、外部からの病原体を完全に遮断することはできないと考えられています。
その理由は、マスクのフィルターですべての病原体を捕らえるのはむずかしいことや、わずかな隙間から病原体が入り込むこともあるからです。
ただ、「自分の感染予防にマスクはまったく効果がない」と考えるのは早計かもしれません。
自分のためにマスクを着用する場合、期待できることには次のようなものがあります。
汚染された手で口や鼻を触って感染するのを防ぐ(接触感染の予防)。
感染者の咳・くしゃみが、自分の口や鼻に付着するのを防ぐ(飛沫感染の予防)。
マスクによって気道粘膜の湿潤が保たれ、病原体が体内に入るのを防ぐ。
以上のことから、マスクは原則として「自分→他者」への感染予防が目的ではあるものの、「他者→自分」の感染を防ぐためにも「しないよりは、したほうが安心」と考えてよいのではないでしょうか。
なお、感染予防でマスクを使用する際は次の点に注意してください。
マスクを正しく使用すること
「マスクをすれば大丈夫」と過信しないこと
マスクの使用方法については後述しますが、正しく使用してこそ効果を発揮します。
また、感染予防の基本は、次にお伝えする「手洗い」「咳エチケット」など普段の習慣です。
マスクはあくまでも「予防策のひとつ」であることを忘れないでください。
職場の感染予防対策はここをチェック!
感染症が成立するためには、3つの要素が必要です。*5
どれかひとつでも欠けると感染症は成立しないため、これらの要素を積極的に取り除くことが感染対策の基本となります。
病原体(ウイルス・細菌)
感染経路(侵入ルート)
宿主(感染する人)
引用)感染対策の基礎知識(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/000501120.pdf
それでは、具体的な職場での感染予防対策について見ていきましょう。
◯手洗い・手指消毒
手洗いは感染予防対策の基本です。
接触感染を予防する上で非常に重要ですので、外出から戻ったとき・食事前・トイレの後・帰宅時など、普段から手洗いを意識しましょう。
なお、手洗いの目安は「30秒」です。その後、20秒ほどかけてしっかりと洗い流します。*6
時間がない・近くに洗面所がない場合は、手指消毒用のアルコールを使用するのも効果的です。
最近、とある手洗い動画がインターネット上で話題を集めました。
“水を出したままの手洗い”に対し、「節水を意識してほしい」との意見が多かったのですが、この手洗い方法は医療従事者の間では常識となっています。
これは、蛇口を何度も触ることで手洗いの意味がなくなってしまうことが理由です。
蛇口を閉めるときはペーパータオルを使う、自動水栓を採用するなど、なるべく蛇口に触れない工夫が必要です。
手洗い後は、ペーパータオルか個人用のハンカチで水気をしっかり拭き取り、タオルの使い回しは絶対に止めましょう。*7
引用)高齢者介護施設における感染対策マニュアル(厚生労働省)p.34
https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/tp0628-1/dl/130313-01.pdf
◯咳エチケット
咳・くしゃみなどの症状がある方は、マスク着用を徹底します。
マスクがない場合は口・鼻をティッシュで押さえ、咄嗟の咳・くしゃみの場合は服の袖部分(内側)で覆うようにしましょう。使用後のティッシュはすぐゴミ箱に捨てます。
マスクを外した後やティッシュの使用後は、必ず手洗いをしてください。
咳エチケットと手洗いは、常にセットで考えます。
引用)咳エチケット(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000187997.html
◯マスクを正しく使用する
感染予防のために使用するマスクも、取り扱いを間違えると意味がありません。
ついやってしまうのが、マスク外側のフィルター部分に触れること。
マスクのズレを直すため、あるいはプリーツの乱れを整えるために、何度もマスクを触っていませんか?フィルター部分には外部からの飛沫が付着している可能性が高く、接触感染の原因となります。
マスクを外す際はゴムひも部分を持ち、外した後はなるべく蓋付きのゴミ箱に捨てましょう。もちろん、マスクを外した後の手洗いも忘れずに。
◯のどの乾燥を防ぐ
私たちの体はよくできており、病原体が体の中に入らないような機能を備えています。
そのひとつが気道(空気の通り道)にある「粘膜」と「腺毛」です。
気道に入った病原体は、粘膜で捕らえられた後、腺毛に運ばれて体の外へ排出されます。
粘膜と腺毛が正常に働くためには、気道が適度に潤っていることが大切です。
うがい・水分補給・室内の湿度を適切に保つ(50〜60%)など、のどの乾燥を防ぐようにしましょう。
◯作業環境の消毒
不特定多数の人が触れるデスク・ドアノブ・電話などは、接触感染には格好の場所です。
とくに、金属やプラスチックなどのツルツルとした平面は、ウイルスや細菌が長時間存在できる環境です。
アルコール消毒や次亜塩素酸の希釈水を使用し、人が触れる場所をこまめに掃除するようにしましょう。
◯従業員の教育・健康管理・職場環境の整備
従業員一人一人が、正しい感染予防策を身につけられるようにしましょう。
手洗い・咳エチケットを徹底するとともに、体調が悪いときは無理せず休む・休ませる職場風土が理想です。
今回の新型コロナウイルスの教訓をふまえ、在宅勤務やオンライン会議など「出社しなくても業務が回る体制」を整えておくことも必要でしょう。
感染症をむやみに恐れず、エビデンスに基づいた行動を
誤った情報を鵜呑みにすることで、感染症を極度に恐れ、根拠のない感染対策に時間・労力・コストを費やすことになりかねません。
根拠に基づいた正しい知識があれば、感染症を「正しく恐れる」ことができ、必要以上に不安を感じることもないでしょう。
また、「今日まで正しいとされていたこと」が、明日にはひっくり返っている可能性もあります。
常に専門家や公的機関の最新情報をチェックするとともに、インターネットやSNSで流れてくる情報に関しては、「それは正しい情報?」と批判的な視点を持つことも大切ではないでしょうか。
【出典元】
*1
参考)新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)厚生労働省 問14
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html
*2参考)高齢者介護施設における感染対策マニュアル(厚生労働省)p.4
https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/tp0628-1/dl/130313-01.pdf
*3
参考)新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)厚生労働省 問4
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html
*4
引用)新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)厚生労働省 問20
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html
*5
参考)感染対策の基礎知識(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/000501120.pdf
*6
参考)高齢者介護施設における感染対策マニュアル(厚生労働省)p.76
https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/tp0628-1/dl/130313-01.pdf
*7
参考)高齢者介護施設における感染対策マニュアル(厚生労働省)p.33
https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/tp0628-1/dl/130313-01.pdf
【ライタープロフィール】
遠藤愛
看護師として約13年間病院勤務。外科・内科病棟、地域連携室、介護老人保健施設、訪問看護に従事。現在は看護師の知識と経験を活かしライターとして活動中。