日本における少子高齢化の流れは、加速の一途をたどっています。この流れに歯止めをかけようと、政府はさまざまな政策を打ち出しています。
なかでも、経済産業省が注力する「ダイバーシティ経営の推進」、内閣府が課題とする「働き方の多様化に向けて求められる変革」などは、企業の協力なくしては実現できません。
ダイバーシティについて、政府は「多様な属性の違いを活かし、個々の人材の能力を最大限引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指して、全社的かつ継続的に進めていく経営上の取組*1」と、定義しています。この考えは、「働き方の多様化」にも通じるものです。
内閣府が2019年2月に実施した「多様化する働き手に関する企業の意識調査」のデータをもとに、「多様な人材に関する現状」についてまとめたグラフが図1です。
「増加」の回答割合が最も高い「中途採用」に次いで、「女性正社員」、「65歳以上雇用者」が増加傾向にあります。
また、「障害者」についても、減少より増加の回答が多く、多様な人材の労働参加が進んでいると考えられます。
図1:内閣府/経済財政分析ディスカッション・ペーパーp5
https://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp191.pdf
女性労働者のなかでも、とくに「シングルマザー」は育児と仕事の両立に苦慮しがちです。
しかし、仕事から離れているシングルマザーには、優秀な女性もたくさんいます。
日本の社会に眠る、「遊休資産」ともいえる彼女たちの有効活用は、ダイバーシティが掲げる目標達成のために、必要不可欠な存在です。
本稿では、シングルマザー(シングルファーザー)、障害者、65歳以上のシニア世代の雇用の際に、企業が活用できる「助成金制度」について紹介します。
目次
特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
まずは、「シングルマザー(シングルファーザー)」、「障害者」、60歳以上65歳未満の「若手シニア」を雇用する際に活用できる、
「特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)」
について説明しましょう。
この助成金は、身体面や生活面から、とくに就職が困難となる人たち(図2)の、雇用機会の増大と雇用の安定を図ることを目的としています。
図2:厚生労働省/特定求職者雇用開発助成金(特定求職職困難者コース)制度概要パンフレット
https://www.mhlw.go.jp/content/000553237.pdf
支給額、助成対象期間等は図3のとおりです。
大企業は()内の金額のため、中小企業のほうが支給額、助成対象期間ともに優遇されています。
「短時間労働者」は、一週間の所定労働時間が、20時間以上30時間未満の労働者をさし、短時間労働者以外の労働者と比べると支給額は少なくなります。
また、この助成金は6か月ごとに区切った「支給対象期」ごとに申請するため、対象労働者が期の途中で自己都合で退職した場合は、助成金の支給を受けることはできません。
図3:厚生労働省/特定求職者雇用開発助成金(特定求職職困難者コース)制度概要パンフレット
https://www.mhlw.go.jp/content/000553237.pdf
筆者の顧問先で、もっとも活用されているこの助成金ですが、対象労働者として「シングルマザー」の応募が頻繁にあります。
働き方に制限があるシングルマザーにとって、労働時間や賃金について、自分の希望を企業へ伝えることは、少し気が引けるものです。
しかし、この助成金を活用することにより、企業としてもメリットがあるため、シングルマザーにも知っておいてもらいたい助成金の筆頭です。
また、見た目では判断しづらい精神障害や、軽度の知的障がいがある場合、求職者本人がその事実を隠して面接に訪れることも多々あります。
その理由は「障害の事実が分かれば、採用してもらえない」と考えるためです。
しかし、就労開始後、上司の指示が理解できなかったり、業務に支障をきたしたり、何らかのギャップが浮き彫りになることがほとんどです。
そこで初めて、企業は「障害があること」に気がつくのです。
こうした「ギャップ」によるトラブルを防止するためには、障害のある人はその事実をオープンにし、企業側に知ってもらうことです。
そして企業側は、その事実を踏まえたうえで検討し、かつ、助成金を活用することで、求職者も企業も同じレベルで採用・雇用に向き合うことです。
「ダイバーシティ」とは、多様な人材を積極的に活用することです。
社会的マイノリティと呼ばれる人たちの、就業機会の拡大、社会の多様なニーズへの対応の一端として、「特定求職者雇用開発助成金」の活用は非常に有効な制度といえるでしょう。
特定求職者雇用開発助成金(生涯現役コース)
前出の助成金では、60歳以上65歳未満の「若手シニア」が対象労働者でしたが、「65歳以上のシニアは対象外?」という疑問が残ります。
そこで、65歳以上の「現役シニア」を対象とした助成金が「特定求職者雇用開発助成金(生涯現役コース)」です。
対象労働者の条件として、雇入れ日時点で、
「満年齢が65歳以上の人、かつ、ハローワークからの紹介日に雇用保険被保険者でない人」
である必要があります。
支給額は、一週間の所定労働時間により2種類あります(図4)。
こちらも前出の助成金同様、6か月ごとに区切った「支給対象期」ごとに申請するため、対象労働者が期の途中で自己都合で退職した場合は、助成金の支給を受けることはできません。
図4:厚生労働省/特定求職者雇用開発助成金(生涯現役コース)制度概要パンフレット
https://www.mhlw.go.jp/content/000553246.pdf
先日、顧問先へ「62歳の求職者です」という面接希望者からの電話がありました。
面接当日、現れたその男性は、履歴書を差し出しながら土下座をし、
「申し訳ありません、本当は71歳です。実年齢を言うと面接を断られるので、嘘をつきました」
と、謝罪をするのです。
話を聞くと、
「最近まで自営業をしていたが、新型コロナウイルスの影響で廃業。就職先を探すも、年齢で書類選考も通らず、夜も眠れぬ生活を送っている」
とのこと。
そこで、従事する仕事の内容をその男性に合わせて調整することで合意し、無事、採用が決まりました。
今回のこの男性は、ハローワークからの紹介ではないため助成金対象者とはなりませんが、年齢によって面接すらかなわない、というケースをよく耳にします。
定年を除く年齢により、雇用機会を奪うことは法律上禁止されています(雇用対策法第10条)。
しかし、企業側にも労働者の「年齢」による不安はあるでしょう。
さらに、今後、シニア世代の求職者は増加すると予想されます。
企業としては、業務内容の見直しと、特定求職者雇用開発助成金の活用と、この両方を上手に組み合わせることで、シニア世代の雇用拡大に貢献できるかもしれません。
助成金についての注意点
本稿で紹介した助成金は、いずれも
「ハローワーク、地方運輸局、適正な運用を期することのできる特定地方公共団体、有料・無料職業紹介事業者、または、無料船員職業紹介事業者の紹介による雇入れ*2」
が条件となります。
また、対象労働者が、
「雇入れ日の前日から過去3年間に当該事業所で働いたことがある場合」
「ハローワーク等からの紹介日以前に当該事業主と雇用の予約があった場合」
などは、助成金の対象とはなりません*3。
そして、厚生労働省から支給される助成金は、雇用保険料を財源としています。
そのため、助成金を受給する企業は、雇用保険適用事業所の事業主である必要があります。
さらに、助成金受給後に、法令に基づく立入検査等の実地調査の実施など、労務コンプライアンスの徹底が必要となります。
日々の適正な労務管理が、助成金を受給するための最低条件であることを、企業は忘れないようにしましょう。
おわりに
社労士である筆者の所感として、シングルマザー(シングルファーザー)については、労働時間の調整をしっかり行うことで、任せられる業務範囲はかなり広がります。
また、シニア世代の労働者については、若年層との「年齢による業務進捗の差」が、認められる場合とそうでない場合とがあります。
一概に年齢で区切るのではなく、対象労働者の「能力」を見極めることが重要です。
そして、障害者に関して、国は
「一般労働者と同じ水準において、常用労働者となり得る機会を確保することとし、常用労働者の数に対する割合(障害者雇用率)を設定し、事業主等に障害者雇用率達成義務を課すことにより、それを保障する」
と定めています。
具体的には、従業員の一定割合(法定雇用率)以上の障害者の雇用を義務付けており、現在、民間企業では2.2%となっています*4。
これらの義務を果たすうえでも、また、ダイバーシティの推進や働き方改革の徹底に向けて、各種助成金の活用が助力となることを願います。
*1引用:経済産業省/ダイバーシティ2.0行動ガイドラインp3(ダイバーシティ2.0とは)
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180608001_3.pdf
*2参考:厚生労働省/特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース) 主な支給要件(1)※1
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/tokutei_konnan.html
*3参考:厚生労働省/特定求職者雇用開発助成金(特定求職職困難者コース)制度概要パンフレットp3
https://www.mhlw.go.jp/content/000553237.pdf
*4参考:厚生労働省/障害者雇用率制度の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/000581102.pdf
特定社会保険労務士
浦辺里香 (うらべりか)
早稲田大学卒業後、日本財団、東京中日スポーツ新聞で勤務。社労士試験に合格後、事務所を開業し独立。その翌年、紛争解決手続代理業務試験に合格し、特定付記。
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