筆者は社労士として、100人近くの発達障害の人と関わってきました。
区役所の窓口で8年間、年金相談を受けてきた中で、驚くことに最も多い相談が「発達障害」に関することでした。そして、あくまで個人的な感想ですが、相談者の誰ひとりとして「障害者」と感じることはありませんでした。自身の経験からも、発達障害は病気ではなく「個性」という言葉の方がしっくりきます。
発達障害の人は、割と身近にいます。学生時代、クラスで「ちょっと変わった子」と思われていた子は、発達障害の可能性があります。しかし、そのくらい「障害」が発見されにくい(理解されにくい)のも、この障害の特徴です。
先に結論を述べると、発達障害に限らず、どんな障害でも周囲の「常識的なサポート」があれば、就労に影響を及ぼすことなどありません。身構える必要もなく、普通の気遣いができれば、それだけで問題を解決できる可能性があります。
目次
発達障害ってどんな症状?
ADHD(注意欠如多動性障害)や自閉症、アスペルガー症候群などに代表される発達障害は、脳機能の発達に関係する障害です。発達障害のある人は、他人との関係づくりやコミュニケーションがとても苦手ですが、その反面、優れた能力を発揮する場面があり、周囲から見るとアンバランスゆえ、障害が理解されにくいことがあります*1。
「発達障害」という名称が世間に認知されるようになったのは、平成17年4月「発達障害者支援法」の施行がきっかけでした。それまで、既存の障害者福祉制度の谷間に置かれ、障害の発見や対応が遅れがちだったADHD、自閉症、アスペルガー症候群、LDなどを「発達障害」と総称し、それぞれの障害特性やライフステージに応じた支援を、国や自治体、はたまた国民の責務として定めました*2。
具体的にどのような特性があるかを示したのが図1です。対人関係、社会性、コミュニケーションに関する障害が挙げられますが、いずれも「なんとなく」という表現になりがちなため、「障害」というより「行動や言動が特徴的」と言う方がしっくりきます。
図1:厚生労働省/発達障害の理解のために p1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/hattatsu/dl/01.pdf
発達障害があり、基準の等級に該当する場合、障害者手帳の取得が可能です。大人になってから発達障害と診断された場合のほとんどは、「精神障害者保健福祉手帳」が交付されます(知的障害を伴う場合は「療育手帳」)。
障害者手帳2・3級は、就労可能な場合が多く、フルタイムで勤務している人も多数存在します。また、手帳所持者の実に78%が2・3級であることから、多くの精神障害者が社会生活を送っていることが分かります(図2)。
図2:厚生労働省/平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)結果の概要 p5
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/seikatsu_chousa_b_h28.pdf
年齢別で見ると、30代が14.0%、40代が21.3%、50代が16.8%となっており、就労期間の途中で精神疾患と診断された可能性が考えられます(図3)。
図3:厚生労働省/平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)結果の概要 p5
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/seikatsu_chousa_b_h28.pdf
筆者が区役所で、精神障害について相談を受けたほとんどがこの年代でした。仕事のミスが多い、同じことを注意されるなど、学生時代には目立たなかった発達障害特有の行動や言動が、職場で顕著になるケースが多発しています。しかし、周囲から理解されにくい症状のため、本人は我慢しストレスを抱えがちです。そのため、さらに症状が悪化したり、別の身体症状が現れたりもします。
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発達障害の人をアルバイト雇用した時のこと
これは筆者の実体験ですが、弊事務所にAさんがアルバイトで入社してくれた時のことです。気さくで温厚で、おっちょこちょいなAさんは、突然の出来事が苦手でした。電話が鳴ると、驚いて椅子から落ちそうになったり、急に何かを頼むと軽くパニックになったり。仕事を頼むときは常に「ワンクッション」が必要でした。
職務上、発達障害の人と接する機会が多かったため、Aさんの特徴的な行動から、発達障害の傾向にあることは明白でした。しかし、どう対応すべきか考えあぐねていたある日、離席しようと立ち上がったAさんのポケットから障害者手帳が落ちました。一瞬、硬直したAさんでしたが、「僕、発達障害なんです」と静かに告白してくれました。
その日から、Aさんが働きやすい環境を作るべく、試行錯誤を重ねました。これまでの傾向から、Aさんが苦手な作業や対応をリストアップし、それらにはなるべく携わらないような業務内容にしました。また、苦手な作業やパニックになりそうな場面を想定し、この場合はこうする、という「お助けメモ」を作成しました。
当初、慣れない職場環境と障害に対する不安のせいからか、常に緊張状態だったAさんでしたが、半年が経過した頃から、自分らしい仕事のペースを見つけたようで、いきいきと働いてくれました。
発達障害の方に対する2つのポイント
もし、職場で発達障害の人に気が付いたら、この2つを心がけてください。
まず1つ目は、「本人が得意なことと苦手なことを把握し、得意なことを中心にタスク管理する」ということ。発達障害の人に、苦手なことを押し付けるのはNGです。
コミュニケーションが苦手なほかに、ADHDならば集中力を持続させることやじっとしていることが苦手です。アスペルガー症候群や自閉症ならば、次々と新しいことを与えられるとストレスになります。その代わり、パターン化された作業や、得意な内容については優れた能力を発揮します。
2つ目は、「発達障害への理解を示すこと」です。筆者の場合、Aさん自ら発達障害のことを話してくれましたが、なかなか打ち明けることができずに悩んでいる人は多いはずです。「障害があることを会社に知られたら、辞めさせられる」などと不安になり、苦手な仕事でも引き受けてしまったり、ミスをしても他人のせいにしてしまったり、通常では不可解な行動を取ることもあります。
ましてや、社員に比べて労働時間が短いアルバイトの場合、発達障害に気付くまで、かなりの時間を要するかもしれません。アルバイト担当者は、職場で「ちょっと変わった人だな」と感じるアルバイトがいたら、それは「発達障害の人かもしれない」ということを頭の片隅に置いてください。そして、その人を観察し、発達障害の特性を理解した上で、無理のないタスク管理をしてあげることです。
「何度も同じミスをする」ということには、必ず理由があるのです。
真のダイバーシティとはマイノリティと共存すること
一時期、巷で騒がれた「ダイバーシティ」という言葉。本当の意味での「ダイバーシティ」は、自分たちにない経験やビジョンを持った人を受け入れることで、何かを学び、吸収し、それらを活かすことでビジネスの多様化を図ることを意味します。マイノリティ(社会的弱者)を差別するうちは、企業を持続安定的に成長させることは難しいでしょう。マイノリティを取り込んでこそ、真のダイバーシティの実現が可能になります。
公的機関として、ハローワークでは発達障害の雇用サポートを行っています*3。
発達障害者支援センターや、地域障害者職業センターと連携し、発達障害者の就業支援や生活支援、ジョブコーチなどのサポートをしています。
冒頭でも述べましたが、発達障害に限らず、全ての障害は「常識的なサポート」があれば、何ら問題となることはありません。障害者だからと身構えるのではなく、その人の身になって考えることで、何が必要なのか、何があれば仕事に取組みやすくなるのか、自然と分かってくるはずです。そのためにも、まずは「発達障害」という理解されにくい障害に触れ、理解を深めることが第一歩となります。
おわりに
もし、あなたの職場に発達障害の人が就業していたら、ダイバーシティの第一歩を踏み出す最高のチャンスだと思ってください。そして、その人がいきいきと働ける労働環境を提供してあげましょう。障害はすなわち、特徴のある「個性」です。周囲の理解と協力、なにより従業員一人ひとり「自分に何ができるのか」を明確にすることで、企業成長を加速させる原動力となるでしょう。
*1参考:内閣府/政府広報オンライン(発達障害って、なんだろう?)
https://www.gov-online.go.jp/featured/201104/index.html
*2参考:国立障害者リハビリテーションセンター/発達障害情報・支援センター(発達障害者を支える、さまざまな制度、施策)
http://www.rehab.go.jp/ddis/%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E3%82%92%E6%94%AF%E3%81%88%E3%82%8B%E3%80%81%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%96%E3%81%BE%E3%81%AA%E5%88%B6%E5%BA%A6%E3%83%BB%E6%96%BD%E7%AD%96/%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%B3%95/
*3参考:厚生労働省/発達障害者雇用トータルサポートによる支援
https://www.mhlw.go.jp/content/000594279.pdf
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