中小企業を対象にした「ものづくり」を支えるための補助金が、中小企業庁で毎年公募されています。
新製品・サービスの開発や生産プロセスの改善などのための設備投資を支援する補助金で、2種類の申請コースがあり、それぞれ1000万円、3000万円を上限とするものです。
長引く景気低迷に加えてコロナ禍のあおりを受けている中小企業にとっては見逃せない制度とも言えるでしょう。
そこで今回は、日本の中小企業を取り巻く環境と、補助金の概要や活用事例についてご紹介します。
「ものづくりニッポン」の現状
日本は長らく「ものづくりの国」であると言われてきました。
実際、産業別の就業者数を見ても、製造業に携わる人は他の産業よりも多いことがわかります(図1)。
図1 主な産業別就業者数
(出所:「労働力調査(基本集計)2021年5月分」総務省統計局)
https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/pdf/gaiyou.pdf p3
しかし、その裏側で、日本の製造業を取り巻く環境には変化が生じています。
世界的に見れば、日本は「モノが安い」国になっているのです。
日本経済新聞は、このような現状を指摘しています*1。
例えば、2019年10月31日時点では、
・世界各地ディズニーランドの入園料は、パリは約1万1365円、米カリフォルニアは約1万3934円で、日本は7500円と安値
・100円均一のダイソーは海外26か国に店舗を持つが、日本では100円でもアメリカでは約162円、ブラジルでは215円、タイでは214円
といった具合です。
日本では長引くデフレのために製品価格を上げることが難しく、材料費の高騰を販売価格に転嫁しにくいという事情があるのでしょう。しかし結果として労働者の賃金が上がらない、そうするとさらに値上げが難しくなる…
このような悪循環が長く続いています。
コロナ以前まで、中国から多くの観光客がやってきて、家電や化粧品などを「爆買い」していく景色は珍しくなかったことでしょう。
日本の製品が「良くて安い」ためです。
かつては、日本人が外国で「モノが安いから」と大量のショッピングをしていた時期がありました。
今はそれが逆転し、日本は世界からすれば、もはや「モノを安く買える場所」になってしまっているのです。
しかし、ここで発想の転換をしたいものです。
「良いもの」を作れば、日本では高いと思われるような値段でも海外では売れるということです。
そういった意味では、技術に自信のある中小企業にはチャンスがある、と考えることもできるのです。
「ものづくり補助金」の概要
さて、そこで活用を考えたいのが「ものづくり補助金」です。
その概要をご説明します。
ものづくり補助金にはいくつかの種類があります。
一般型・グローバル展開型
基本的に、時代に見合った「革新的サービス」「試作品開発」「生産プロセスの改善」等を行うための設備投資などへの補助金です。
補助金を利用して新商品開発や設備投資をした場合、それを事業化に向けて推進することが義務づけられています。
「一般型」「グローバル展開型」の補助要件は以下のようになっています(図2)。
図2 ものづくり補助金「一般型」と「グローバル展開型」の要件
(出所:「令和元年度補正・令和二年度補正 ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金公募要領」ものづくり補助金事務局)
https://portal.monodukuri-hojo.jp/common/bunsho/ippan/7th/reiwakoubo_210616.pdf p6
申請に当たっては、以下の3つの要件をすべて満たす事業計画(3~5年)を策定し、従業員に表明していることが条件です*2。
①事業計画期間において、給与支給総額を年率平均1.5%以上増加。
(被用者保険の適用拡大の対象となる中小企業が制度改革に先立ち任意適用に取り組む場合は、年率平均1%以上増加)②事業計画期間において、事業場内最低賃金(事業場内で最も低い賃金)を地域別最低賃金+30円以上の水準にする。
③事業計画期間において、事業者全体の付加価値額を年率平均3%以上増加。
特に注意が必要なのは、賃金についてです*3。
補助金での事業を実施した年度の翌年度以降〜事業計画終了時点の間で、上記①の条件である「給与支給総額の年率平均1.5%以上増加」できていない場合、補助金の一部の返還を求められます。
また、事前に賃上げ計画を従業員に表明しておかなければなりません。補助金交付後になって、表明していないことが発覚した場合は、全額の返還を求められます。
ビジネスモデル構築型
こちらは、中小企業の事業そのものというよりも、中小企業の経営革新を支援する企業に支払われるものです。補助の上限は1億円です。
ものづくり補助金の導入事例〜海外への販路拡大
では、実際の導入事例をみていきましょう。
ものづくり補助金を活用して海外への販路を切り拓いた北海道の菓子製造機器メーカーのケースです*4。
このメーカーはもともと地元の大手菓子メーカーのバウムクーヘン製造機械のメンテナンスを手がけていました。その中で、国内で販売されているバウムクーヘンオーブンの多くが中〜大規模生産向けであることがわかり、小ロット生産用の機械は少ないのではないかと考えていたところでした。
そこで補助金を申請、設備投資に充てて小ロット向けのバウムクーヘンオーブンの開発に成功(図3)、海外展開も視野に入れるようになりました。
図3 小ロット向けバウムクーヘンオーブン
(出所:「ものづくり・商業・サービス補助金成果活用 グッドプラクティス集2020-2021」全国中小企業団体中央会)
https://www.monodukuri-hojo.jp/common/pdf/goodpractice_R2-A4.pdf p5
開発後、食品工業の見本市に出展したところ中国企業から引き合いがあり、次はJETRO開催の国際博覧会に出展したところ、海外企業からの引き合いがさらに増加しました。
売上高は補助金申請前の約4000万円から約7000万円にまで伸びています。
従業員3人という小規模事業者ですが、地元金融機関のサポートで社長みずから申請書を作成し、また、海外取引が決定したものの外国語に対応できる社員がいないという事情もJETROの支援で解決しています。
ビジネスの着眼点もそうですが、補助金、地元の信用金庫、JETROの手厚いサポートも駆使して成功したと言えるでしょう。
また、新型コロナの影響で取引保留になっている案件が多くなっている中、ホームページへの動画掲載などの取り組みを進め、コロナ禍にありながらも国内外の視聴者から一定の引き合いが出ているということです。
海外との取引が定着してくれば、国内の需給に振り回されにくくなるという強みを発揮するようになることでしょう。
他にも、海外進出とまでは行かずとも、大手ホテルとの取引に至るブランドを確立した食品会社、利益率の高い商品作りを可能にして山間部での通年雇用を実現した企業などがあります*5。
「人口減少モデル」経済を生き抜くために
ものづくり補助金は必ずしも海外進出の事業計画を必須としているわけではありません。
ただ、ひとつのあり方として検討するのは良いことと考えます。
日本は今後人口がますます減少していきます。幅広い分野で市場が縮小していくことは確実です。
よって海外に販路を求めるのは、企業存続のひとつの方法なのです。
自社だけでは難しい、ということもあるかもしれません。その場合には、「周囲と手を組む」方法も考えられます。
補助金と話は少し変わりますが、筆者が経済記者をしていた頃、航空産業についての取材をする機会がありました。
パリ、イギリス、シンガポールの持ち回りで開催される世界3大航空ショーは、世界中からあらゆる規模の関係業界が集まる場所です。
ここに直接乗り込み、共同出展で技術をアピールし続けている日本企業のブースがありました。
複数の中小事業者がクラスターとして手を組み、共同工場を構えてひとつの企業のように振る舞うことで海外のメーカーにアプローチし続けているというものです。
その結果、航空機製造業界でも世界有数クラスの部品メーカーと交流や商談機会を持つまでになっています。
やはり国内だけでなく、より広い大きな分野、大きな市場に販路を求めていかなければ厳しいのではないか。そのような経営者の声もありました。
日本国内での物価や賃金水準がいつ反転するのか、新型コロナウイルスの影響でさらに不透明になっています。
公的制度をフル活用し、人口減少=市場の縮小という時代をどう生き抜いていくか、改めて考えてみるのはいかがでしょうか。
*1「価格が映す日本の停滞 ディズニーやダイソー世界最安 安いニッポン(上)」日本経済新聞 2019年12月10日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53046270W9A201C1SHA000/
*2、3「令和元年度補正・令和二年度補正 ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金公募要領」ものづくり補助金事務局
https://portal.monodukuri-hojo.jp/common/bunsho/ippan/7th/reiwakoubo_210616.pdf p8
*4、5「ものづくり・商業・サービス補助金成果活用 グッドプラクティス集2020-2021」全国中小企業団体中央会
https://www.monodukuri-hojo.jp/common/pdf/goodpractice_R2-A4.pdf p5、p12、p24
<清水 沙矢香>
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。
https://twitter.com/M6Sayaka