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主婦パートの「収入」はお金だけなのか 私が経験した「こち亀」のような少年たちとの思い出

店の壁にかかった時計を見ると、午後4時を過ぎている。

「今日もそろそろあの子たちが来る時間だな」

新聞のラックにその日の夕刊を並べながら、近くの中学校に通う少年たちを待つのが私の日課だった。

私がアルバイトをしていた白龍堂書店では、1階レジの横はカードゲーム売り場になっていた。ポケモン、デュエル・マスターズ、マジック・ザ・ギャザリング。販売しているカードの種類はいくつかあったが、特に人気だったのは遊戯王デュエルモンスターズのシリーズだ。

小学生や高校生も時々来たが、カード売り場の一番のお客さんは中学生の男の子たちだった。
彼らは4、5人で来ることもあったが、大抵は1〜3人でやってきて、最初に来た子達がカード売り場で時間を潰しているうちに、

「おー!やっぱここに居たかー!」

と次々に合流する。
最終的には5人以上の男の子たちがレジを囲み、たっぷり1時間は騒ぐのがいつもの風景だった。

「なぁ、お前もう新しいシリーズのパック買った?」

「何のレアカード当たった?うっそ。マジで?すげぇ」

「あー、オレ腹減った。なんか食いてぇ。Bigチョコ取ってー」

カード売り場には駄菓子も置いてあり、スーパーBigチョコやビッグカツがよく売れた。
毎日1時間近く騒いでいるので、店長からは、

「常連さんたちからうるさいって言われてるし、レジを囲まれてたら会計したい客さんたちの邪魔にもなるからさ、あまりあの子たち長居させないようにしてよ」

とたびたび注意を受けていたが、私は知らん顔をし続けた。私はあの子たちが好きなのだ。それに、彼らだって常連客ではないか。

子供というのは自分に好意を持つ大人をちゃんと見分けているもので、誰がレジ番をしている時でも買い物には来るのだが、長居をするのは私がレジ番の日に限られた。

未開封のパックからレアカードを探す「サーチ」という行為を私が咎めなかったことも、彼らが私が居る時を狙って集まっていた理由の一つだ。
とはいえ、私も全てのサーチ行為に寛容であった訳ではない。
サーチのやり方には色々あるが、私があえて見逃していたのは「滑りサーチ」という行為である。

私が勤めていた店では、カード5枚入りのパックが30パック詰まっているBOXを開けて、1パック150円でバラ売りをしていた。
カードゲームは万引き被害に遭いやすいので店頭には置かず、商品はレジの後ろに種類別に並べてある。カードを買いに来た子供達から「見せて欲しい」と言われたら、レジカウンターに出してあげるのだ。

店に来る中学生の男の子達は、先ずBOXから全てのパックを取り出すと、綺麗に重ねて側面を凝視する。その後、真剣な面持ちでパックのわきを軽く摘み、擦りながら考え込むのが一連の儀式だった。
擦ると言っても軽くなので、中のカードが傷むほどではないのだが、何人もの男の子たちが順番に擦るので、店で販売されているパックは一つ残らず袋がヨレヨレになっていた。

ああでもない、こうでもない。このパックが当たりかもしれないとわちゃわちゃしながら各自がワンパックずつ購入し、レア度に関わらず、一枚でもレアカードが入っていたなら、

「っっっっしゃあぁ!!!」

と雄叫びをあげてガッツポーズを決め、雑魚カードしか入っていなければ、

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜…」

と、のけぞってガックリとうなだれる。
そんなオーバーなリアクションを各自それぞれに決めながら、レジ前で大騒ぎしている姿を眺めているのは楽しかった。日がな1日静かで穏やかな店内が、その1時間だけは活気づくのだから。
微笑みながら眺める私の視線を意識するほどに、彼らは一層大袈裟にじゃれあうように見えた。

店に来る男の子たちの中に、レアカードの見極めが抜群に上手い双子の兄弟が居た。
一卵性の双子は、ひょろりとして小柄な体型も、眼鏡をかけた薄い顔立ちも全く同じで、私にはまるで見分けがつかなかった。けれど、仲間内ではきちんと呼び分けられていたところを見ると、きっとそれぞれに個性があったのだろう。

双子はどちらも滑りサーチの名人で、少年たちのヒーローだった。
彼らが選ぶパックには百発百中と言っていいほどレアカードが入っており、当たりを引く度に、
「うぉおっ!何でお前らそんなすげぇんだよ!!!」
と歓声が上がる。
双子たちも特技を披露して賞賛されるのがよほど楽しかったのだろう。店にやってくる男の子たちの面子は日によって変わったが、双子だけはほぼ毎日欠かさず店に通ってきたものだ。

滑りサーチ行為は商品の袋が傷むし、レアカードが入ったパックばかりを購入されては、残ったパックには雑魚カードしか入っておらず、商品の魅力が激減してしまう。
店にとってもカードを求める他のお客さんたちにとっても迷惑行為なので、どこのカード売り場でもサーチは原則禁止されているはずだ。
私が働いていた店ではうるさいことを言わなかったが、やはり私以外の店員はサーチ行為にいい顔をしなかった。

それでも私が彼らを咎めなかったのには理由がある。
彼らがこの店に集まる目的が、レアカード目当てではないと知っていたからだ。

連日やってくる彼らの購買ペースに、仕入れの補充ペースは間に合っていなかった。毎日新しいBOXを彼らに出せるわけではないので、彼らがレアカード入りのパックを引き当てれば引き当てるほど、BOXに残る当たりパックは減っていく。それでも彼らは毎日やってきて、もう当たりがないと分かっているBOXを見せて欲しいと私に頼み、

「あー、もうレアカードこん中にはねーわ」

とため息をつきながらもレジ前に居座り続け、雑魚カードしか入っていないと分かっているパックにお金を払った。

つまり、彼らはカードを買っているわけではなかった。毎日のように各自が150円を払って、この店で仲間と戯れる時間を買っていたのだ。

私は、彼らが購入したカードでデッキを組んでいるところを見たことがなかったし、対戦成績について話すところも聞いたことがなかった。
彼らが夢中になって興じていたのは遊戯王のカードゲームではなく、「手探りでレアカードを引き当てるゲーム」なのであり、それを口実に書店のレジ前に仲間と集まることこそが、彼らにとってお気に入りの放課後の過ごし方だったのだ。

それは彼らにとって、今しか持てない仲間との大切な時間だったのだろう。
その証拠に、学校が休みの日に彼らが姿を見せたことは一度だってなかった。この遊びは放課後の学校帰りだから楽しかったのだ。

男の子たちは皆仲が良さそうに見えたが、高校受験が近づく頃には進む道が枝分かれしていった。
それまでも、部活が忙しそうな子達はいつも後から合流していたし、勉強が忙しそうな子達は「塾があるから」と早目に帰っていたが、それぞれの学力と希望に合わせて志望校が別れると、放課後に欠かさず顔を見せるのは双子くらいになり、他の子達は次第に来たり来なかったりで足並みが揃わなくなった。

やがて、順番に進学先が決まっていった。少年たちから「合格しました」の報告を受ける度、私は「おめでとう」とお祝いの言葉をかけたが、双子だけがいつまで経っても決まらない。

「入試に落ちたならこんなところで遊んでいる場合じゃないでしょ。早く次の試験に備えて、家に帰って勉強しなさい」
と促しても、
「だって俺たちバカだもん」
と開き直り、双子は遊戯王のパックを擦り続けていた。
そんな勉強不熱心な双子でもちゃんと拾ってくれる高校はあり、無事に全員が高校生になることが決まると、もう彼らの中学時代も終わりだ。
卒業を控え、授業も部活もなくなった彼らが放課後に白龍堂に集まることがなくなると、店は急に静かになった。

ある日、双子といつも一緒だった男の子の1人が、ふらりと店にやってきた。私はいつものように、カウンターにカードの詰まったBOXを出した。

「ここに来たら誰か居るかなと思ったんだけど、誰もいませんね」
そう言いながらパックを擦る彼に、私はずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「そんな風にパックを擦ると、何が分かるの?レアカードが入っているって、どうやって見分けているのか教えて」
すると、彼は顔をあげ、ちょっと照れくさそうに笑いながら秘密を教えてくれた。

「実は…、僕も分からないんです。みんながやってたから真似してただけ。他のみんなも本当に分かってるのか分からない。
分からないのに、ずっとこうやってカッコつけて袋を擦って、レアカードを探してるふりしてました」

意外な答えに私は驚き、
「ええー?!何だ、そうだったの?
じゃあ、実はただ勘で選んでたの?だから双子ちゃんたち以外はハズレを引くことが多かったんだ」
「そうです。双子はちゃんとやり方とコツが分かってるのかなと思いますけど、少なくとも僕は100パー勘です」
「双子ちゃんたちの的中率はすごかったよね」
「はい。あいつらすっげぇバカなんですけど、これにかけては天才ですよね」

意外な答えに私は驚くと同時に呆れてしまったが、微笑ましくもあった。分からないならやらなければいいのに、あるいはやり方を聞けばいいのに、誰にも言えずに3年間、彼はここで分かっているふりをしながらレアカード探しのゲームを続けたのだ。ただ仲間と一緒に居たいが為に。
そして私に秘密を打ち明けたこの瞬間に、彼はゲームを卒業したのだろう。

これ以上レアカードを探すふりをしなくてもよくなった彼は、その日はパックを買わなかった。しばらく店内をうろつき、待っていても仲間が誰も来そうにないと諦めると、学習参考書を一冊購入して帰った。彼はいい高校に入ったそうだ。

バラバラの高校生活が始まれば、ここに集まっていた男の子たちにはそれぞれ別の青春が訪れる。彼らが放課後を共有することはもう無いのだ。

同じ中学だった地元の友達には違いないので、これからも近所ですれ違えばうなずきあい、「よお!」と挨拶を交わすだろう。そして、ただそれだけの仲になるだろう。それは仕方のないことなのだ。

急速に心と体の変化を迎え、大人の入り口に立つ少年たちには新しい世界と仲間が待っている。けれど、この中学時代の仲間たちのような友人は、二度と持てないのではないだろうか。

Author:マダムユキ

ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
リンク:http://flat9.blog.jp/

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