アルバイトがなかなか自主的に働いてくれない。
常にマネジャーに指示を求めてくる。
そんな声をときどき耳にします。
マネジャーはアルバイトに指示を出し、アルバイトはひたすらマネジャーの指示に従って働く。
そんな関係がみえてくるような調査結果もあります。
どうしてそのような構図になってしまうのでしょうか。
アルバイトに自主的に働いてもらうためにはどのようにサポートすればいいのでしょうか。
目次
アルバイトの思考力は仕事の質と効率のアップにつながる
「アルバイトなど非正規社員の思考力を重要視しない」
とする企業が多いという驚くべき調査結果があります(図1)。
図1 最も重要と考える能力・スキル (正社員、正社員以外 複数回答3つまで)
出典:*1 厚生労働省(2019)「調査結果の概要:令和元年度『能力開発基本調査』」 p.5を抜粋
https://www.mhlw.go.jp/content/11801500/000633235.pdf
これは企業を対象にした調査で、正規社員と非正規社員に求める能力やスキルのうち、何が最も重要だと考えるかという質問に対する回答結果です。
この図で、正規社員と非正規社員間で割合の差が大きい項目にフォーカスしてみましょう。
まず、正規社員には重要である反面、アルバイトを含む非正規社員には重要ではないと考えられているのは、
「マネジメント能力・リーダーシップ」
「課題解決スキル(分析・思考・創造力等)」
です。
反対に、正規社員にはあまり重要ではない反面、アルバイトを含む非正規社員には重要だと考えられているのは、
「チームワーク、協調性・周囲との協働力」
「定型的な事務や業務を効率的にこなすスキル」
です。
このことから、冒頭でお話しした
「マネジャーはアルバイトに指示を出し、アルバイトはひたすらマネジャーの指示に従って働く」
という構図が見えてきます。
でも、そのような構図が現実だとしたら、マネジャーは常にアルバイトに指示を出し続け、アルバイトは何も考えずにマネジャーの指示どおりに働き続けることになります。
そうした状況では、マネジャーは四六時中アルバイトの仕事ぶりに目を配り、アルバイトが自分の指示通りやっているかどうか確認する必要があります。
そして、問題をみつけたら、また指示を出すという繰り返しです。
それではアルバイトは自主的に働くことができませんし、マネジャーもアルバイトの管理に時間をとられ、より重要な業務が疎かになってしまいます。
また、突発的なことが起こった場合、アルバイトが適切に判断して対処することも難しいでしょう。
それと反対に、アルバイトに安心して仕事を任せることができれば、マネジャーは他の業務に取り組むことができます。
そのために必要なのは、アルバイトの思考力とそれに基づいた自己マネジメント能力です。
アルバイトに思考力や判断力があれば、適切に自己マネジメントを行いながら、業務に自主的に取り組み、仕事の質をアップさせることも可能です。
では、アルバイトの思考力を伸ばすためにはどのようなサポートが必要なのでしょうか。
それを考える前に、筆者が経験したある「事件」についてお話ししたいと思います。
ある日突然、「事件」が起きた!
「こうなることは予想できなかったんですか」
努めて冷静に話しているつもりでしたが、その声には怒気が含まれていたに違いありません。
「なんていうことをしでかしてくれたのだ!」
という思いは、きっと態度にもあらわれていたことでしょう。
目の前のRさんとTさんは俯いたまま、小さな声で、
「申し訳ありません・・・・・・」
というのが精一杯のようでした。
「とにかく、先方に謝りに行ってきます」
そう言い置いて車に乗りこんだものの、思わず急発進しそうになり、平静さを失っている自分にハッとしたことを覚えています。
当時、筆者はある教育機関の教務主任として、他の講師のマネジメントをする立場にありました。
RさんとTさんはその学校で働いていた若手の非常勤講師。
この2人が担当する留学生のクラスでは、新聞の投書原稿を書く活動をしていました。
RさんとTさんは学生が書いた原稿を読んで気づいたことをフィードバックし、同時に日本語の問題点を指摘します。
学生たちはそれを参考にして何回か書き直し、完成した原稿を実際に地方紙に投稿するという流れでした。
そして、ある朝、その地方紙を読んでいた筆者は、片手に持っていたコーヒーカップを思わずとり落としそうになるほど驚愕しました。
目の先には、留学生の投書記事。
驚いたのは、その内容です。
彼がアルバイトをしている飲食店のことが悪しざまに書いてあるではありませんか。
曰く、店長が厳しすぎる、先輩も優しくない、仕事は大変なのに給料が安い。
ちょっとミスをするとこっぴどく叱られるし、まかないも不味いし、こんなひどい生活をするなんで夢にも思っていなかった・・・。
おまけに、その地域の人々なら「ああ、あの店か」と特定できるようなことまで書いてありました。
最近、コロナ禍でアルバイトができなくなった日本人学生や留学生の苦境が報道されていますが、当時の留学生にとってアルバイトはまさにライスワーク。
学生たちは授業のかたわら資格外活動として認められる労働時間ぎりぎりまでアルバイトをし、それで生計を立てていました。
ところが、当時は不景気で、留学生を受け入れてくれるアルバイト先があまりなく、学校の担当者が周辺地域を駆けずり回り、ようやく探してきた新規のアルバイト先だったのです。
そのアルバイト先は飲食店でまかないが出るため、食費を浮かせることもできますし、彼の働きぶりがそこで認められれば、後輩の学生がその仕事を継ぐこともできます。
でも、これを店主が読んだら、どうなるだろう。
もしかしたら、彼は解雇されるかもしれない。
それだけでなく、彼以外の留学生を受け入れてくれているアルバイト先にまで影響が及ぶ可能性もある・・・。
本当に、なんてことをしでかしてくれたんだろう!
しかも、あの2人が?
どういうことだろう?
その学校は中部地方の人口5万人ほどの小さな市にありました。
当時は就職難でなかなか職がみつからず、田舎の小さな学校であっても、講師を募集すると、北海道や九州どころか海外からも応募があるほどでした。
倍率は30倍程度。
大勢の応募者の中から職を得たRさんとTさんは、学生たちのために時間をかけて教案を練り、日々、誠実に仕事に取り組んでいました。
人柄も申し分なく、採用に際して面接官をつとめた筆者は、有望な人材を迎えることができたことに安堵し、この2人に期待をかけていました。
筆者との関係も良好で、ときには個人的な相談にも乗る間柄。
それだけに、驚愕に続いて訪れたのは、なぜあの2人がという衝撃でした。
「事件」を検証してみると
そこで、筆者は、どこに問題があったのか検証してみることにしました。
すると、事件は起こるべくして起こったのだということが次第にみえてきました。
~見通しが甘かった~
この事件を知って驚愕した筆者は、
「よりによって、なぜあの2人がこんな非常識なことをしたのだろう」
という疑問を抱きましたが、よく考えてみると、それは十分、予測可能なことでした。
まず、筆者は彼らの授業報告を読んで、どうも彼らが授業活動の目的や目標を明確にできていないのではないかと考えていました。
授業活動に先立っては、まず
「なぜその活動をするのか」
という目的を明確にすることが大切です。
次いで、
「何ができるようになるかを目指すか」
という目標設定をし、その目標を達成するための具体的な活動内容、方法、教材・・・というように、次第に小さいところに落とし込んで授業計画を立て、授業を組み立てていきます。
このような方向性は授業活動に限らず、どのような仕事においても同じでしょう。
「何のために」が明確になっていないと、授業は場当たり的になってしまい、迷走しがちです。
投書原稿を書く活動の場合、その目的が明確になっていれば、
「投書の社会的意味を考える」
というところから始め、
「投書の影響」
「読者を意識する」
ということを前提にした活動ができたはずです。
そもそもの目的が明確になっていなかったため、その活動は学生たちが日ごろ思っていることを主観的に訴える手段になってしまったのです。
RさんもTさんも優秀でしたが、まだ20代後半にさしかかったところで、社会人としても講師としても経験が浅いことは筆者も十分承知していました。
また、この2人は学生を大切に思い、いつも学生たちに寄り添う姿勢をみせていました。
それで、学生たちの本音に触れ、彼らに共感し、同情した結果、客観的な視点を見失ってしまったのでしょう。
そうした危うさは彼らを見ていれば十分に推測できるはずのことでした。
そのことを指摘し、授業活動を根本的なところから考え直すことを2人に促していれば、あのような事件は起こらなかったかもしれません。
問題点に気づいていながら、そのことについてサポートするのを怠り、予測可能なことを見過ごしていたのは、実は筆者の方だったのです。
~「事件」は深く考える絶好のチャンスだった~
筆者が自らの未熟さを反省したのはそれだけではありませんでした。
「事件」後の対応方法にも問題がありました。
筆者はRさんとTさんに、何が問題なのかを一方的に伝えました。
でも、冷静に考えると、何が問題であったのか、それを自ら考えることこそが彼らの真の学びにつながったはずです。
異文化間コミュニケーションの手法、態度のひとつに「エポケー」というものがあります。
これは日本語では「判断留保」あるいは「判断停止」と呼ばれるもので、カウンセリングの基本的な手法でもあります。
まず、相手の話をじっくり聞きますが、そのとき、相手に対する自分の判断や意見、評価は一旦、脇に置きます。
そして、虚心坦懐に相手に向き合い、自分が相手の話から受け取った、相手の話した内容や気持ちを相手に確かめます。
それに対する相手の説明を聞き、またその内容を確かめる質問をします。
こうした応答を繰り返すことによって、聞き手は自分の価値観にこだわることなく、相手の本質に近づくことができると考えられています。
また、話を聞き、受けとめてもらった方も、曖昧だった自分自身の気持ちや感情が次第に統合され、まとまっていき、自分自身に対する気づきが深まっていきます。
こうしたエポケー的態度こそ必要だったのではないかと、筆者は反省しました。
また、先方への謝罪には筆者ひとりで行きましたが、それも問題でした。
筆者はそうすることで2人を庇い、自分の責任を果たしているつもりでしたが、まずは本人たちの意向を確かめ、対応策を自ら考えてもらうべきでした。
飲食店の店主は、
「参っちゃうよね」
と言いながらも、
「起こっちゃったことはもうしょうがないよ。先生も大変だねえ」
と筆者に笑顔を向けてくれました。
そうした寛大な態度に触れることができたら、そのことから2人も何かを感じ、考えたはずです。
経験から学ぶという絶好のチャンスを筆者が奪ってしまったのでした。
アルバイトの思考力を伸ばすためのサポート方法
最後に、アルバイトの思考力を伸ばすためのサポートについて考えてみたいと思いますが、その前に、これからの新しい時代に必要な能力を確認しておきたいと思います。
2020年から学習指導要領が新しくなっていきます。
以下の図2は、新学習要領の基本的な考え方で、新しい時代に必要となる資質・能力を表しています。
図2 新しい時代に必要となる資質・能力の育成
出典:*2 文部科学省(2017)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の 学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申) 補足資料」 p.6
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/20/1380902_4_1_1.pdf
この図をみると、未知の状況に適切に対応するためには、思考力・判断力が必要だと考えられていることがわかります。
では、アルバイトの思考力を伸ばし、安心して仕事を任せられるようにするためには、どのようなサポートが必要なのでしょうか。
先ほどお話しした経験から得られた教訓をもとに考えてみたいと思います。
まず、業務の目的や目標、求められる成果をアルバイトが理解できるように説明することです。
アルバイトが自らの頭で考えるためには、そうした拠り所が必要です。
筆者の経験からわかるように、この部分が疎かだと、後々、問題が生じる可能性があります。
次に、業務のやり方について説明しますが、その際、ルールやマニュアルを明確に示し、それまでの経験から得られた知見も共有します。
その後、実際に業務に取り組んでもらうことになりますが、もしアルバイトがうまく仕事がこなせない場合や失敗した場合にも、問題点を一方的に指摘せずに、まず自分で問題のありかを考えてもらうというステップを設けることが有益です。
答を与えたら、相手は考えることをしないでしょう。
自ら考えることによって、アルバイトの思考はより深まるはずです。
アルバイトが業務を実際に経験し、そのことについて考え、考えたことを業務に生かし、振り返り、それを次の行動にフィードバックするという循環を作ることが大切です。
そして頃合いをみて、アルバイトに仕事を任せますが、任せる仕事や報告の頻度は、アルバイトによって調整することも必要でしょう。
おわりに
はじめにご紹介した調査のように、アルバイトの思考力や判断力を重要視しないという考え方は、アルバイトの能力を見限ることに他ならず、アルバイトの自立を妨げます。
繰り返しになりますが、アルバイトの思考力や判断力を伸ばすことができれば、仕事の質や効率がアップし、安心して仕事を任せることもできるようになります。
アルバイトの思考力を伸ばし、彼らの自主性を引き出せるかどうか、それは現場のサポートによるところが大きいといえるでしょう。
エビデンス
【以下の閲覧日:2020年6月14日】
*1
厚生労働省(2019)「調査結果の概要:令和元年度『能力開発基本調査』」
https://www.mhlw.go.jp/content/11801500/000633235.pdf
*2
文部科学省(2017)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の 学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申) 補足資料」
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/20/1380902_4_1_1.pdf
プロフィール
横内美保子(よこうち みほこ)
博士(文学)。元大学教授。大学における「ビジネス・ジャパニーズ」クラス、厚生労働省「外国人就労・定着支援研修」、文化庁「『生活者としての外国人』のための日本語教育事業」、セイコーエプソンにおける外国人社員研修、ボランティア日本語教室での活動などを通じ、外国人労働者への支援に取り組む。
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