2021年10月に、情報処理推進機構より「DX白書2021」が公表されました。
372ページにおよぶこの報告書では、日米のDXの状況を比較しつつ、DX推進に必要な要素が紹介されています。
日本企業にとって、DXを含めた経営革新の必要性がなぜこんなに高いのか。
ここでいくつかご紹介します。
DX取組み状況の日米差と業種
まず、冒頭に紹介されるのが、DX進捗状況の日米比較です(図1)。
図1 日米のDXへの取組状況
(出所:「DX白書2021」情報処理推進機構)
https://www.ipa.go.jp/files/000093699.pdf p2
全社戦略に基づき、全体的あるいは一部で取組んでいるという企業は日本では約56%であるのに対し、アメリカでは約79%となっています。
また、「取組んでいない」との回答は日本では33.9%、アメリカでは14.1%であり、大きな差がついていることがわかります。
これを業種別にみると、下のようになっています(図2)。
図2 業種ごとのDX取組状況の日米比較
(出所:「DX白書2021」情報処理推進機構)
https://www.ipa.go.jp/files/000093699.pdf p3
特に大きな差が出ているのは、「製造業」「流通業・小売業」「サービス業」です。
アメリカで小売業のDXが格段に進化した例として、小売り最大手、ウォルマートの例があります。
ウォルマートはDXを中心に22年1月期は1兆5000億円を投じる計画を立てていますが*1、その目玉とも言えるのが「マイクロ・フルフィルメントセンター」の拡大です。
センターは店舗併設の物流施設で、ロボットがおもちゃや家電、医薬品から食料品まで商品をかき集めます。ピックアップからパッキングにかかる時間はなんと5分。そこにスタッフが別途集めた生鮮食品を加え、一つにまとめます。
客はネット注文し、のちに車で店舗の駐車場に行くと、ジャンル問わず全ての商品を車のトランクに入れてもらえるというシステムです。
職場で注文すれば、帰りには店舗内を歩く手間もなく欲しい商品をまとめて手に入れられるのです。
しかも、生鮮食品だけは、詰め込んだまま長時間保管するわけにいかないという配慮もなされています。ユーザーのためを考え尽くした、まさにDXそのものです。
もちろん、コロナ禍という外部環境への対応でもあります。
パンデミックを良い機会と捉えたか
これまで、世界にはいくつもの大きな変化がありました。それをビジネス変革のきっかけと捉えたかどうかも日米の間では差があるようです(図3)。
図3 外部環境変化を変革機会と認識したか
(出所:「DX白書2021」情報処理推進機構)
https://www.ipa.go.jp/files/000093699.pdf p4
2015年に国連で採択された「SDGs」、そしてたゆまない技術の発展、ディスラプターの出現など様々な変化が起きています。
ディスラプターとは「破壊的企業」のことです。
それまでのビジネスモデルを破壊する企業、と言ってもいいでしょう。UberやNetflixなどがその例です。驚くほどのスピードで顧客を取り込んでいます。
そして、新型コロナのパンデミック。
いずれの環境変化に対しても、ビジネス変革の機会と捉えている企業は日本では少ない様子がわかります。
理由はいくつか考えられますが、新しいモノへの抵抗が強い保守的な風潮か、あるいは「デジタル」というだけで毛嫌いしてしまう、DXへの無理解が招いた結果でしょう。
しかし、このままで良いのでしょうか。
今のままではなにがまずいのか
DXの推進について世界から遅れを取っているのが日本企業の現状であることは、ここまでアメリカとの比較でも分かったでしょう。
ただ、今のところは儲けが出ている、だからややこしいことは考えなくても大丈夫。そう考えてしまっている経営者は少なくないことでしょう。
しかし、このままではいけない理由があります。わかりやすいところで2つご紹介しましょう。
1.少子高齢化による市場縮小
少子高齢化にある日本では、今後消費者の人数が物理的に減っていきます。小さなパイを奪い合うようになる日は、そう遠くはありません。
何か新しいビジネス変革をしなければ、企業の大淘汰が始まります。そのときになって何か商売方法を変えようとしても、時既に遅し、となることでしょう。
2.海外企業の日本進出
そして、すでに小さくなりつつある日本の市場に、海外から企業が乗り込み、さらに顧客を奪っていくことが今後広がると考えられます。
先日、台湾の半導体受託生産会社であるTSMCが日本に工場を建設することを発表しています*2。
日本の製造業が強くいられたこれまでは、この関係は逆だったはずです。日本の製造業大企業が海外にどんどん生産拠点を増やし、現地の市場に食い込んでいくという構図でした。
日本はもはや「人件費の安い国」であることも進出の理由の一つでしょう。労働者までもが奪われていく、このような事例が今後増えていってもおかしくありません。
何か策を打たなければならない理由はここにもあるのです。
DX推進で強調される「アジャイル」と「デザイン思考」
なお、DX白書では、消費者のニーズを早く捉え、サービスなどに反映させるためにはこのようなしくみと概念が必要だと指摘されています(図4)。
図4 サービス開発を加速するための必要プロセス
(出所:「DX白書2021」情報処理推進機構)
https://www.ipa.go.jp/files/000093702.pdf p177
デザイン思考、アジャイル開発、DevOps(デブオプス)と新しい言葉が並びますが、経営として意識すべきはデザイン思考とアジャイル開発です。
デザイン思考とは、「共感、定義、概念化、試作、テスト」という5つのプロセスで成り立っていますが、まずユーザーの共感を得るところから始まります。アンケートや実際の観察などでユーザーは自社商品の何に共感して購入してくれたのかを知ることです。
そして、この共感をヒントに、もっと上位のニーズについて考えます。「何をしたいから」この商品に共感したのか、といったひとつ上の次元で物事を考えます。
次いで「概念化」です。ユーザーの「何をしたいから」の部分をどうすれば解決できるかを考えます。そしてようやく、改良版を試作、テストを重ね新商品としていく、これがデザイン思考です。
つまり、商品や物事の表面的なものにとらわれるのではなく、深掘りしていく必要があるということです。
そして、「アジャイル開発」です。
アジャイルとは「すばやい」「俊敏な」という意味を持ちます。期限を区切ってどんどん商品をアップデートし、リリースしていくという姿勢です。
アイデアを決めて、上に決済を上げて、そのまた上に…などとやっているヒマはないのです。アジャイルを実践している企業にあっという間に追い越されてしまいます。
日本で言うと、アイリスオーヤマはこれを実践しています。商品開発・発売にあたって、月曜日に「プレゼン会議」という社長、会長までが参加して開発担当者の新商品についてのプレゼンを昼休憩以外、丸一日聞き続けます。
アイデアが通ればその場で社長のハンコが押され、午前中に決まったことが午後には即営業や業務に反映されるというスピード感です*3。
こうして、年間に1000点を市場に投入しています。
わざわざ上にお伺いを立てているうちに時間が進んでいく、それは現代では亀のスピードとみなされる時代です。
飛ばない亀はただの亀
ジブリの名作の一節に、「飛ばねぇ豚はただの豚だ」という言葉があります。
多くの企業が「伝統」「社風」を重んじることは、筆者自身は悪いことだとは思いません。
しかし、「共感」がキーワードになる時代において、自社の伝統や社風をユーザーに押しつけることが正しいのかどうか、筆者は疑問を感じます。
伝統を持ち続けることと、デザイン思考やアジャイル開発のあり方は決して矛盾するものではありません。
「飛べない」ことに問題があるのではなく、その根本にあるのは「飛ばない」=「飛んでみようとしない」ことに問題があり、日本企業の多くがこの状態に陥っていると筆者は感じます。
それで進み続けるにしては、既に外部環境は大きく変化しているのです。
*1
「ウォルマート、DXで早変わり」日本経済新聞 2021年6月3日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN27F120X20C21A5000000/
*2
「台湾TSMC、日本初の工場を正式発表 2024年に量産開始」日本経済新聞 2021年10月14日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM145GH0U1A011C2000000/
*3
「毎週月曜日は『新商品開発会議』」アイリスオーヤマ
https://www.irisohyama.co.jp/about/keyword02/
【著者プロフィール】
<清水 沙矢香>
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。
https://twitter.com/M6Sayaka