人材育成・マネジメント
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賢い人こそ仕事に失敗する「インテリジェンストラップ」の恐怖

「賢いはず」の人がなぜか誤った決断を下すのを見たことがないでしょうか。

私たちは「賢い人は優れた判断を下すものだ」と思い込んでいます。しかし、実はそうとも言い切れないようなのです。一流大学を出て、長いこと知識を積み重ねた人ですら、判断を誤ってしまうことがあります。

知能や教育程度が高い人が間違えるケースは実にたくさんあります。
例えば、1990年代に日本で起きた地下鉄サリン事件では、一流大学の学生や卒業生たちが多数関わっていたことで、多くの人が驚愕しました。

そして実は、IQが高かったり、テストのスコアが高い「賢い人ほど、罠にかかりやすい」現象を引き起こすのが、「インテリジェンス・トラップ」です。
BBC Futureの元シニア・ジャーナリストで、科学ジャーナリストのデビッド・ロブソン氏が「The Intelligence Trap(インテリジェンス・トラップ) なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか」(日経BPM)で提唱した考え方です。

本書では、「賢い人はある種の愚かな思考に人並み以上に陥りやすい」と警告します。
著名な学者がよく知られている詐欺に引っかかったり、犯罪に巻き込まれてしまったりする現象をさします。

本書ではまた意外な事実も語られます。
IQが高い人の方がアルコール消費量が多い傾向があり、喫煙や違法ドラッグを摂取する傾向も強いのです。(*1)

デビッド・ロブソンは、優れた知性は優れた思考力とは違う、というのです。
どういうことでしょうか。

 

「知的謙虚さ」とは何か

デビッド・ロブソンは、「賢い」人ほど「知的謙虚さ」に欠けると指摘します。

「知的謙虚さ」とは自分の知性や考えに疑いをもつ能力のことです。「本当にそうだろうか」と内省したり、他人のアドバイスを吟味したりする能力です。

立派な経歴をもつ人であればあるほど、知性的だと言われている人ほど、実は「自らの判断を正当化するためのテクニック」を身につけてしまいます。
そして、「自分は正しいのだ」と思い込む罠から抜けにくくなるのです。

たとえば知能も教育水準も高い人は、自らの過ちから学ばず、他人のアドバイスを受け入れない傾向がある。(*2)

「自分は絶対的に正しい」と思い込むと、自らの判断を正当化する主張も非常に上手なため、ますます自分の見解に固執するというわけです。
他人のアドバイスに耳を貸さず、自分に都合の良いデータばかりを集めてしまう危険性に陥ります。これが一つ目のトラップです。

「自分はなんでも知っている」危険性

二つ目のトラップはアドバイスや助言を聞かなくなることです。
「自分は賢いのだ」というプライドによって、自分の失敗を認めないケースが出てきます。これは容易に想像できるかもしれません。

周囲の人は頑なな態度を見て「あの人には何を言っても無駄なのでは」または、「えらい先生だから言わない方がいいのだろう」となりますから、いよいよ新しい情報を教えてもらえなくなります。これが罠なのです。

1990年代、世の中にインターネットが出てきたとき、多くの知性を持つ人が懐疑的でした。
「そんなのは虚業だ」
「手書きがなくなるはずがない」
「書籍が電子本になるわけがない」
ーー本気で多くの知識人が主張したのです。

今ではブログやネットのニュースで多くの人が記事を読んでいます。
私が働いていた雑誌もなくなり、人々の習慣が大きく変わっているのです。
しかし当時の推進力は「オタク」とか「変人」と言われた人たちでした。

「賢い人」でこれを予測できた人がどれだけいたでしょうか?

変化が激しい時代、実はこの周囲から何も教えてもらえなくなる状態は危険です。

あなたの周りにも、「俺はなんでも知ってる」とばかりに勉学を怠り、アップデートができなくなりつつある人がいないでしょうか。
新しいものが出た時「あんなもの」「くだらない」と切り捨てていたら、あっという間に世界のスピードについていけなくなる時代です。

 

「確実に、間違いなく」という言葉を避けたフランクリン

本書にはアメリカの政治家であり、物理学者であるベンジャミン・フランクリンの例が紹介されています。
彼はもともと、論争好きな性質だったそうです。
しかしソクラテスの裁判の物語を読んで感銘を受け、自分の意見を疑うことになったのです。

ソクラテスの謙虚な問いかけの姿勢に感銘を受け、常に自らの判断に疑問を抱き、他者の意見を尊重すること、そして会話をするときは「確実に、間違いなく、といった断定的印象を与える言葉」を使わないことを決意したのだ。(*3)

フランクリンは、「自分はなんでも知っていると思わせる危険性」についてもこう述べています。

フランクリンは1755年、科学の研究で不可解な結果が出たとき、こう書いている。「周囲に自分は何でも知っていると思わせ、何でも説明しようとする者は、そんなに傲慢でなければ周囲に教えてもらえたはずのさまざまなことを、ずっと知らないままでいる(20)」残念ながら、意欲があるだけでは不十分であることが科学的研究でわかっている。(*4)

ソクラテスは「無知の知」と言ったことで知られています。「自分が知らないということを知っている状態」です。

優れた知性ほど陥りやすい「認知の死角」とは

もう一つ、本書では、賢い人ほど「認知の死角」が大きいことを指摘しています。

さらにまずいことに、こうした人々は「認知の死角」が大きく、自らの論理の矛盾点に気づかないことが多い。(*5)

つまり、自信があるゆえに、誰にでもある認知の歪み、思考のバイアスに囚われてしまうのです。
重要なのは、誰にでもある「思考のバイアス」に気づくことです。

「賢くありたければ、私たちにはバイアスがあること、さらにはそうしたバイアスを回避するためにどのような方針を持つべきかを理解することが重要である」とタイベリアスは語っている(9)。(*6)

実は、IT時代にこそ重要な「知らなかったよ」の口癖

ではどうしたら、こうしたトラップにハマらないで済むのでしょうか。

筆者は「無知を率直に認めること」を挙げています。「知らなかった」「間違っていた」と素直に認める態度を身につけることです。

ここから生まれる謙虚さや心の広さがきわめて重要であることは、グロスマンの「根拠に基づく知恵」の研究でも明らかになっている。「自らの無知を率直に認めることは、問題を解決する最も簡単な方法であるだけでなく、情報を入手する最善の方法である。だからこそ私はそれを実践するのだ」。(*4)

つまり、口癖で「知らなかったよ」と無知を認める態度を身につけておくこと。それがあれば、情報が入手できますし、他人はあなたの間違いをそっと教えてくれるかもしれません。

情報産業の変化のスピードはよく「ドッグイヤー」と言われますが、今やほとんどの業界が猛烈なスピードで動いており、常にアップデートが必要です。
歴史の浅いIT企業ですら、自動車業界に参入する時代が始まっています。

この時代こそ、「インテリジェント・トラップ」に陥らないように、一人一人が思考の癖を見直す必要があるのかもしれません。

 

 

 


【著者プロフィール】

のもときょうこ 

早稲田大学法学部卒業。損保会社を経て95年アスキー入社。雑誌「MacPower」「ASAhIパソコン」「アサヒカメラ」編集者、「マレーシアマガジン」編集長などを歴任。著書に「日本人には『やめる練習』が足りていない」(集英社)「いいね!フェイスブック」(朝日新聞出版)ほか。編集に松井博氏「僕がアップルで学んだこと」ほか。

 

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