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藤岡弘、「失敗は己を強くするチャンス」|【インタビュー】仮面ライダー撮影時に発揮した不屈の精神

俳優・武道家 
藤岡弘、
(ふじおか ひろし)

1965年、松竹映画にてデビュー。
1971年、『仮面ライダー』でブレークし日本を代表する存在に。数多くの日本映画に主演し、映画界を牽引。
1984年にはハリウッド映画『SFソードキル』主演を務め、日本人初のスクリーン・アクターズ・ギルド(全米映画俳優組合)のメンバーとなる。柔道、空手をはじめ、真剣を振るう刀道、抜刀道にも精通する武道家である一方、国内外の紛争地域や難民キャンプにて支援活動を展開している。

半世紀に渡って愛され続ける『仮面ライダー』を振り返る

2020年に芸能生活55周年を迎え、さらに活躍の場を広げている俳優・武道家の藤岡弘、さん。国際俳優として、国内外で活躍すると同時に、世界各地の紛争地域や難民キャンプで救援活動を行うなど、エネルギー満ち溢れる行動を展開しています。同時に2021年は自身が主演を務めた『仮面ライダー』が生誕50周年を迎える節目の年。当時の思い出を伺いながら、藤岡流の仕事との向かい方についてインタビューさせていただきました。

ー1971年の『仮面ライダー』の主役に抜擢されるまで、アルバイトの経験はありましたか?
藤岡氏:上京した当時は1964年の東京オリンピックの準備等で日雇いのアルバイトを含め、数多くの仕事の現場を経験してきましたね。誰にも頼ることができない貧困の母子家庭で育ち、「自分の夢は自分でつかむ」という自立した意識で考え、実践、行動してきました。

そうして養成所に通いながら、アルバイトで得た収入で食べ物を賄う、アパート代を納める、それは自分が想像していた以上に厳しい毎日でした。

また活字に飢えるので、知識や情報を得るため、捨てられた新聞、雑誌、本を集め目を通し、さらに体を鍛える。少しでも時代の波に乗るために目まぐるしい日々でした。現在もその姿勢は変わりません。世界情勢、社会情勢の動きをあらゆるスキルで実践しながら身につけました。

3~4日間、食べものにありつけない時もありました。あまりの空腹に雀を捕まえて食べようとしたことさえあります。しかし、捕まえた雀を見ると、泥だらけでやせ細っており、まるで自分自身を見ているようでした。もちろん、食べることさえできず逃がしました。

そんな話をするのも恥ずかしい青春もありながら、夢を追うことを忘れず、常にチャレンジを続けてきました。
俳優養成所に通う中、アルバイト中に大物女優さんの叔父様にスカウトされ、松竹映画のニューフェイスとしてデビューし、数本の主演を経て劇団に通う中、恩ある方との出会いによって導かれたのが『仮面ライダー』、本郷猛というわけです。

『仮面ライダー』は私にとって人生を大きく変えてしまうほどの出会いだったわけですよね。でも、口を開けて待っていたわけではない。自らの未来への不安や毎日の生活の厳しさでボロボロになりながらも、不安と希望の中で、リスクを背負いチャレンジしてきた結果だった。

『仮面ライダー』との出会い、私にとってこれは全く新しい世界の入り口だったんです。

ー『仮面ライダー』は今年で生誕50周年を迎えました。ここまでのシリーズになると当時は思われていましたか?
藤岡氏:当時は目の前に与えられた『新しいヒーロー』という責任と初めてのジャンルで未経験のことにどう向き合っていくかばかり考えていました。なので、『仮面ライダー』が当時の子供たちの心をつかみ、こうして50年という長い年月の間、愛され続ける作品になるというのは想像できてなかったですね。

と、いうのも最初に『仮面ライダー』のアクションについて伺ったとき、「空中で回転する!」、「二輪に乗ってジャンプする!」とあり、不安が押し寄せスタントマンなしで命懸けで体を張ることの恐怖を想像し、体を鍛え強化するしか、目の前に浮かばなかった。どんなものになるのか想像もつかなかったほどなんですよ。

原作者の石ノ森章太郎先生にこんな風に言われたことがあるんです。
「子供向けの作品だからと言って決して安易に演じないように。未来を創る子供だからこそ、真剣に取り組んで。」と。

それから私はもう『仮面ライダー』を子供番組だと思わず、その当時の未熟な中で挑戦し、持てるすべてを使って、真剣に取り組んできました。生死をさまよい大変だったけど、いやぁ、こうして半世紀にわたって愛され続けるというのは嬉しいですね。

失敗さえも自分の新しい引き出しになる


ー当時の撮影現場では主役ということで苦労も多かったと思います

藤岡氏:当時は制作に関わっていたスタッフ、また共演していた俳優陣含め、多くが『先輩』にあたる方たちで鍛え抜かれたプロの集団。それはもう、私が劣等感を感じるほど素晴らしい先輩たちばかりでした。

ただ、その劣等感に負けてしまうのではなく、劣等感をパワーに変えて、「みんなからなんでも学んで吸収するぞ」、という意気込みで礼儀を持って謙虚に敬い、どんな状況でもチャレンジを続けてきましたね。

「お!これは学べる!」と思ったらすぐにスイッチON!そうして吸収したことは次に生かす、次のチャレンジをするということを繰り返してきました。もちろん感謝を持ってね。

時に失敗することもあります。でも、失敗しようが、笑われようが、誰かに陰で何か言われようが、そんなことは構わない。「そこで得た学びはその失敗を含め自分の新しい引き出しになるんだ!」と、感謝の心で切り替えていったんです。

失敗は決してネガティブなものだとは考えません。ピンチはチャンス。失敗は実践の中で経験、体験を通じ、引き出しが増え、自信となり、己を強くしてくれるチャンスなんですよね。

ーバイクシーンでの大事故による大腿骨粉砕骨折から復活を遂げた藤岡さんらしい言葉ですね
藤岡氏:そのバイク事故も今思えば起こるべくして起こったものだと考えています。重い装飾が施されたバイクでアクションをして、変身後はスーツを身にまといショッカーの怪人と対峙する。ちょっとでもスピードを出すとバイクの前輪が浮き上がってきてしまうんですよ。それだけ重心がずれているわけです。与えられた環境の中、不安と失敗をしながら学びを調整し、乗り越える知恵を使ってね。

そうした状況の中で起こった事故だったわけで、事故が起こった瞬間は周りのスタッフも『即死』を覚悟したことでしょう。

しかし、そうはならなかった。無意識のうちに「受け身」を取っていたんです。それは幼少のころから体に染みついた武道の動きがそうさせたのでしょう。致命傷となる首の骨折を免れたことによって、命は助かったんです。

思えば6歳から武道に触れ、高校では柔道部のキャプテンを務めるほど武道には打ち込んでいました。この事故ではこれまで逃げることなく、試練に立ち向かい自分が積み上げてきたものに命を救われたといえますね。

ーそうして『仮面ライダー』の第一話の放送は入院中のベッドで見ることになったそうですね
藤岡氏:そうですね。大腿骨粉砕骨折の手術のために、左足にはパイプや針金が使われていました。また、ケガにより筋肉を大きく損失していたので、長期の入院でリハビリも必要でした。

ただ、この状況を誰かのせいにしない、逃げない、あきらめない、屈しない、全て受け止めて前に進む!と、強い気持ちだけは忘れないようにしていましたね。これも武道が教えてくれたことです。

失った筋肉を戻すためのリハビリは過酷で非常に辛いものでしたが、医師からも驚異的といわれるほどのスピードの回復力で奇跡が味方し、最終的に『仮面ライダー』に帰っていったわけです。

今でも左足には骨の固定に使われた針金なんかが入っていますよ。それを覆う形で骨や筋肉が形成され、私の左足は二度と骨折しない、まさに改造人間です(笑)その体で現在まで会社に道場を持ち、武道訓練は欠かさず子どもたちと共に今も継続中です。心身共に鍛錬は必要ですね。

それと共に心の不安を払拭するため、偉大な先人たちの危機を乗り越えた教訓を乱読しました。私はもともと活字に触れる時に安心感が増すんです。溜めていた本を段ボールで運んでもらい、無心に読みあさり精神的にも救われました。その時の私には砂に水を注ぐごとく染み込みました。

自分の経験を次の世代に還すために


ー近年では「周りが後輩」という現場も多いのではないでしょうか

藤岡氏:『仮面ライダー』撮影時、つまり50年前とは真逆の環境になってしまいましたね。気がついたらいつの間にか自分が先輩、ということばかりです。同時に私に求められていることも変化していると思います。かつての諸先輩方がそうであったように、私自身がこれからの日本を背負ってもらいたい若者たちに何を伝え、残し、ゆだねることができるのか、これが重要だと思います。

若輩者だった私は知らないことだらけの現場で相当な苦労しました。その中で、諸先輩から得た恩は今でも忘れていません。

一人ひとり、様々な教訓を学ばせていただきました。直接、アドバイスを頂戴した方もいれば、その姿勢をもって魅せていただける方もいらっしゃいました。出会った人すべてが私の師であると思うほどの感謝があります。そうした経験から得られた多くの引き出しが現在の私にはある。これまでの失敗等、何一つ無駄なことはなかった。まさに感謝のみ。
今まで世界100か国近くを旅し、体験・経験を積み知恵を得た実践での教訓、失敗から学んだ貴重な引出しを次世代に伝えたいですね。

それらを次なる若者に還そうという気持ちで、取り組んでいます。
一緒に現場で取り組む若いスタッフや俳優の皆さんには、『藤岡弘、』から何かを感じ、糧とする人には糧にしていただきたいと思っています。

また、画面を通じて『藤岡弘、』を見てくださってる皆さんにも恩返しがしたい。現在、全世界の人が危機に直面している中で、それぞれの困難と向き合っています。そうした毎日の中で、『藤岡弘、』を見た人が少しでも前向きになってくれれば、と願っています。

取材・文=ナレビ編集部 中山
撮影=江守勇人

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