国の働き方改革の推進によって、非正規雇用労働者の待遇改善が進められています。2020年4月(中小企業は2021年4月)には、「同一労働同一賃金」が義務化されることから、 人件費の負担増加に悩まされる企業も多く出るのではないでしょうか。そのような時にうまく利用したいのが国の助成金制度です。非正規雇用労働者の待遇改善に取り組んだ企業に対して、国から支給される「キャリアアップ助成金」について、全3回に分けて解説します。
目次
「キャリアアップ助成金」とは?
キャリアアップ助成金は、非正規雇用労働者の雇用形態や賃金規定、福利厚生などを改善した事業主に対して、国から助成金が支払われる制度です。まずは、その目的と概要を紹介します。
■目的
現在、労働力人口が急速に減少している日本では、市場の労働力不足を補う形で非正規雇用労働者の割合が高まっています*1。しかしながら、このような非正規雇用労働者は、非正規という雇用形態だけを理由に、同じ仕事内容の正規雇用労働者より待遇が手厚くないケースが珍しくありません。こうした待遇差は、非正規雇用労働者のモラールを低下させ、労働生産性を落とすだけでなく、退職の原因となる可能性もあります。非正規雇用労働者の退職が増えれば、市場の労働力不足がますます加速する原因になります。
そのような事態を防ぐため、国が企業内における非正規雇用労働者のキャリアアップを促す制度が「キャリアアップ助成金」です。この制度では、非正規雇用労働者の処遇改善や正社員化に取り組んだ事業主に対して、一定の助成金が支給されます。
■制度の概要
キャリアアップ助成金には、7つのコースが存在します。まずは、コースの種類や、助成対象となるための要件、制度の特徴などを紹介します。
・コースの種類
キャリアアップ助成金で設定されているコースは、以下の7種類です。
①正社員化コース
②賃金規定等改定コース
③健康診断制度コース
④賃金規定等共通化コース
⑤諸手当制度共通化コース
⑥選択的適用拡大導入時処遇改善コース
⑦短時間労働者労働時間延長コース
・すべてのコースに共通する「支給対象事業主の要件」
助成を受けるためには、全コースに共通する「支給対象事業主の要件」を満たさなければなりません。具体的な内容は以下の通りです。
・雇用保険適用事業所の事業主であること
・雇用保険適用事業所ごとに、キャリアアップ管理者を置いている事業主であること(キャリアアップ管理者の複数の事業所や労働者代表との兼任は不可)
・雇用保険適用事業所ごとに、対象労働者に対するキャリアアップ計画を作成し、管轄労働局長の受給資格の計画認定を受けた事業主であること(キャリアアップ計画の対象者や目標、期間などを記載したキャリアアップ計画書を作成し、コース実施日までに管轄労働局長へ提出。提出後、計画届は受理印と認定印の両方を受けたものが労働局から送付されるので要保管)
・該当するコースの措置に係る対象労働者に対する賃金の支払い状況等を明らかにする書類(出勤簿またはタイムカード、賃金台帳)を整備している事業主であること
・キャリアアップ計画期間内にキャリアアップに取り組んだ事業主であること
・中小企業事業主かどうかで助成額は変化する
キャリアアップ助成金は、大企業より中小企業事業主の方が多く助成金を受け取れる仕組みとなっています。申請を検討する際には、必ず「自社が中小企業事業主に該当するかどうか」を確認しましょう。中小企業事業主の範囲は以下の表の通りで、これに該当しない規模の企業はすべて大企業扱いとなります*2出典:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内」を加工 https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000527143.pdf
なお、資本金が適用されない個人事業主、社会福祉法人、医療法人等の場合は、従業員数のみで判断します。また、保健衛生業(病院、介護施設等)はサービス業に分類されるなどのルールもあります。自社の分類が不明な場合、労働局やハローワークの担当部署に確認しましょう。*3
・「生産性要件」を満たすと助成金が増額される
上述したように、キャリアアップ助成金は労働力不足の解消を図る制度であるため、労働生産性を向上させた事業主には助成金が増額加算される仕組みになっています。増額の対象となるのは、直近の3会計年度の生産性を比べ、その伸び率が「生産性要件の基準」を満たしている事業主です。伸び率の算出方法や基準は以下の通りです。
【生産性の計算式】
生産性(円)=付加価値(営業利益+人件費+減価償却費+動産、不動産賃借料+租税公課)÷雇用保険被保険者数
この計算式によって直近の会計年度と3会計年度前の生産性をそれぞれ算出します。なお、生産性は直近の会計年度もその3会計年度前もプラスであることが必要です(企業会計基準を用いていない法人などの場合、付加価値の算出方法は異なります)。
【生産性の伸び率の計算式】*4
伸び率(%)=(直近の会計年度の生産性-3会計年度前の生産性)÷3会計年度前の生産性
【生産性要件の基準】
上記の計算式によって算出された生産性の伸び率が「6%以上」、もしくは「1%以上6%未満で、金融機関から事業性評価を得ている」場合は、助成金の増額対象となります。事業性評価は、都道府県の労働局が助成金を申請する事業所の承諾を得た上で、与信取引等のある金融機関へ確認することになっています。
例)A社の場合*4 【生産性の計算】 ・3会計年度前 【生産性の伸び率の計算】 |
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①正社員化コースについて
続いて、各コースの具体的な内容を見ていきましょう。まずは、正社員化コースについて紹介します。
■コースの概要と要件
正社員化コースは、対象となる非正規雇用労働者を正規雇用労働者等に転換または直接雇用した場合に受けられる助成制度です。この際、勤務地限定正社員や職務限定正社員、短時間正社員などへの転換も正規雇用労働者への転換として認められます。
■対象となる労働者・事業主
正社員コースの助成対象となるためには、労働者・事業主それぞれが一定の条件を満たしていなければなりません。ここでは、主な条件を抜粋して紹介します。
【労働者側の条件】
・非正規雇用の形態で6か月以上 勤務していること(有期契約労働者、無期雇用労働者、派遣労働者それぞれに規定がある)
・正社員正規雇用労働者になる約束で採用されていないこと (正社員求人で応募し、有期契約として採用された場合を含む)
・過去3年以内に同じ事業所や関連会社で正規雇用労働者として勤務していないこと
・雇用主または取締役の3親等以内の親族ではないこと
・支給申請日において離職していないこと
・転換後、定年年齢に達する日までに1年以上の期間があること
・契約社員の場合、入社から3年以内であること
【事業主側の条件】
・キャリアアップ助成金に適した労働協約・就業規則を規定すること
(有期契約労働者等を正規雇用労働者または無期雇用労働者に転換する、または派遣労働者を正規雇用労働者または無期雇用労働者として直接雇用する制度の適切な手続きと要件(勤続年数、人事評価結果、所属長の推薦などの客観的に確認可能な要件・基準など)を労働協約や就業規則に準ずるものに規定)
・正社員転換前6か月以上雇用し給与(残業手当を含む。未払い残業手当がある場合、助成金の受給は不可)を支給すること
・正社員転換後の賃金より5%アップとしていること(精皆勤手当、通勤手当、家族手当、歩合給等は含まない。賞与は支給対象と支給月を就業規則の賃金規程に明記している場合に限る)
■助成金の支給額
正社員化コースの助成額は、中小企業かどうかや、生産性要件を満たすかどうかによって次のように変化します。先に述べた中小事業主の範囲に当てはまる事業主の場合は、「中小企業」欄の助成額が支払われ、それに該当しない規模の事業主の場合、「中小企業以外」欄の助成額となります。なお、1事業所における1年度の支給申請の上限人数は20人までとされています*2。出典:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内」を加工 https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000527143.pdf
■申請の流れ
正社員化コースを申請する場合、次のような順序で準備を進める必要があります。
①キャリアアップ計画の作成、提出
②就業規則や労働協約の改定
③転換、直接雇用に際し、就業規則等の転換制度に規定した試験等を実施
④正規雇用等への転換、直接雇用の実施
⑤正規雇用等へ転換した労働者へ6か月の賃金を支払った後、最終の支払い日の翌日から2か月以内 に助成金支給を申請
⑥審査、支給決定
②賃金規定等改定コースについて
次に、賃金規定等改定コースについて紹介します。
■コースの概要と要件
賃金規定等改定コースは、対象となる非正規雇用労働者の賃金規定等を2%以上増額改定した事業主が受けられる助成です。対象となる非正規雇用労働者すべての賃金規定を増額改定するか、一部だけに対して増額改定するかによって受けられる助成額が変化します。
■対象となる労働者・事業主
賃金規定等改定コースの対象となるために必要となる、労働者・事業主それぞれの条件を抜粋して紹介します。
【労働者側の条件】
・賃金規定が増額改定された前日の3か月以上前から、増額改定後6か月以上の期間継続して雇用されていること
・賃金規定等を増額改定した日以降の6か月間、雇用保険被保険者である こと
・雇用主または取締役の3親等以内の親族ではないこと
【事業主側の条件】
・増額改定前の賃金規定等を、3か月以上運用していた事業主であること
・増額改定後の賃金規定等を、6か月以上運用し、かつ、支給している諸手当を減額していないこと
■助成金の支給額
賃金規定等改定コースの助成額は、まず、賃金規定の改定などがすべての有期雇用労働者等に対しておこなわれた場合と、一部の場合とで異なります。さらに、規定などを改定した労働者の人数によって、支給額が細かく設定されています。なお、1事業所における1年度の支給申請の上限人数はいずれも100人まで、申請回数は1年度に1回までです。先に述べた中小事業主の範囲に当てはまる事業主の場合は、「中小企業」欄の助成額が支払われ、それに該当しない規模の事業主の場合、「中小企業以外」欄の助成額となります。
・支給額例*2
すべての有期契約労働者等の賃金規定等を2%以上増額改定した場合
一部の有期契約労働者等の賃金規定等を2%以上増額改定した場合出典:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内」を加工 https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000527143.pdf
これらに加えて、中小企業で3%以上の増額改定を実施した場合などには、助成額が加算されます。
■申請の流れ
キャリアアップ助成金の賃金規定等改定コースを申請する場合、次のような順序で準備を進めましょう。
①キャリアアップ計画の作成、提出
②賃金規定等の増額改定
③増額改定後の賃金に基づいて労働者へ6か月の賃金を支払った後、
最終の支払い日の翌日から2か月以内に助成金の支給申請を実施
④審査、支給決定
まとめ
キャリアアップ助成金をうまく活用すれば、企業の負担を抑えて非正規雇用労働者の待遇を改善することが可能です。労働環境が整えば、労働者のモラール(士気)が向上し、企業における労働生産性を高める効果が期待できます。また、すでに業務内容を網羅した人材を正社員化する場合は、即戦力となる優秀な人材を確保できたことと同じになるため、新たな正社員を募集するコストの削減にもつながります。今回ご紹介した助成金に限らず、雇用関係助成金は年々審査が厳密になり、申請書類も増加している傾向があります。しかし本来、助成金は労務管理が適切におこなえている事業所を対象としているものであるため、助成金活用は自社の労務管理を見直すよいきっかけになるかもしれません。
本記事の「正社員化コース」「賃金規定等改定コース」以外の5コースについては、他の記事で詳しく紹介しているので、ぜひそちらもチェックしてみてください。事業の成長のためにも、制度の内容をしっかりと確認し、必要に応じて活用を検討してみてくださいね。
なお、キャリアアップ助成金は要件を満たせば取得できますが、人件費等を先に支出し、後日入金されるものとなります。助成金の多くは先に支出に、後で入金されるものがほとんどです。先に支出が必要になるため、そのタイミングで資金繰りが悪くなってしまう方もいらっしゃいます。資金繰りの悪化を防ぐためにも、戦略的に融資を利用する経営者が多いです。株式会社SoLabo(ソラボ)運営している「資金調達ノート」では起業後の資金調達マニュアルを業種別に解説しておりますので、ぜひご参考にしてみてください。
<参考>
※1:厚生労働省「一般職業紹介状況(2019年11月分)」https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000212893_00027.html
総務省統計局「労働力調査 2018年平均(速報)」https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/index1.pdf
※2:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内」https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000527143.pdf
※3:厚生労働省「雇用関係助成金支給要領」https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000551819.pdf
※4:「生産性要件」の具体的な計算方法(一般企業)」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000203894.pdf
<取材協力・監修>
溝手社会保険労務士事務所
https://moshparty26.wixsite.com/mizotesroffice
社会保険労務士 溝手 康暖(みぞて やすはる)氏
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