アルバイトにせよ新入社員にせよ、「職場の人間関係」が離職を決める大きな理由のひとつです。
また、離職に至らなくても、「このメンバーで仕事をするのは嫌だなあ」と考えながらの業務では、そのパフォーマンスが大幅に下がってしまいます。
そんな時、「リーダーシップが足りないからだ」と考える人は多いことでしょう。もちろん組織にとってリーダーシップがある人物の存在は欠かせません。
しかし「良いチームワーク」を達成しようとするとき、リーダーシップだけでは問題は解決しないという事実があります。
どういうことでしょうか。
グーグルが突き止めた「効果的なチーム」の正体
米グーグルが2015年に、効果的なチームの特徴として「心理的安全性」という要素を挙げて話題になっています。
グーグルがチームについて研究するために実施した「プロジェクト・アリストテレス」とは、社内の複数のチーム(3名~50名)を対象に、
・マネージャーによるチームの評価
・チームリーダーによるチームの評価
・チームメンバーによるチームの評価
・四半期ごとの売上ノルマに対する成績
を基準に効果性を測定するというものです。
確かにこれら4つの要素が揃っているチームは、良い雰囲気であり、かつ結果を出すことが十分に考えられます。
結果としてグーグルは、効果的なチームに最も必要なものは「心理的安全性」だという結論を出しています。
心理的安全性とはこのようなものです。
心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。心理的安全性の高いチームのメンバーは、他のメンバーに対してリスクを取ることに不安を感じていません。自分の過ちを認めたり、質問をしたり、新しいアイデアを披露したりしても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられる余地があります。
<引用:「『効果的なチームとは何か』を知る」グーグル>
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/identify-dynamics-of-effective-teams/
こう聞くと、「リーダーが心理的安全性の高いチーム作りをしなければならない」と考えることでしょう。
もちろんそれも重要なことですが、実はそれだけではチームワークを向上させるのは難しいという事実があります。
宇宙飛行士選抜で求められるもの
さて、2008年に実施された日本での宇宙飛行士選抜試験の様子を、NHKのクルーが密着取材しています。あまり表に出るものではないだけに、非常に興味深い内容です。
ISSに滞在する宇宙飛行士に求められる要素は多数ありますが、やはり大前提として「チームワークのある行動を取れるか」でしょう。
ISSに滞在するには、まず狭い閉鎖空間で集団生活を送ることが前提条件です。かつ、船内・船外のメンテナンスといった仕事は全員の命に関わるものであり、絶対にミスが許されません。
このような条件下でもストレスや疲労を溜めることなく、緻密なミッションを「失敗してはならない」という極限状態とも言えます。
■リーダーシップを取ろうとしたことがあだに
選抜の中に、最終候補者となった10人が、ISSを想定した狭い閉鎖空間で1週間を過ごすという過程があります。
10人は、1週間の中で様々な仕事を与えられます。10人全員で取り組む「FCC」という作業と、5人ずつのチームに分かれて取り組む「ロボット作り」がありました。
FCCとは、10人に与えられたバラバラの情報をまとめて会社設立の趣意書を作り、その後、チームを1人のリーダーと3人ずつの「部門」担当者に分け、10台の「空飛ぶ車」をブロックで作成するというものです。
情報のやりとりは口頭でのみ、車を作るにあたってはそれぞれの部門担当が取っていい行動や権限が限られている、という非常に難しいものです。
その時、こんな出来事が起きました。リーダーを決める段になってのことです。
誰がリーダーをやるのか。遠慮し合っているのか、それとも様子を見ているのか、候補者たちはしばらく沈黙していた。
そのとき、
「じゃあ、俺がやろうかな」
白壁が、おずおずと申し出たのだ。
(中略)
しかし、白壁が自らリーダーに立候補したのは、私たちにとって意外だった。白壁は面接で、「リーダーは自然に決まるもの」と話していたからだ。<引用:「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」p93>
しかし、結局チームはまとまりませんでした。このような心理があったといいます。
白壁はこのときのことを、次のように説明した。
「あれは完全に空回りでした。普段の自分ではなくなっていました。
(中略)
他の候補者たちの能力が、あまりにも凄いと感じて焦りもあったんです。もやもやした気持ちのまま、手を上げてしまいました」<引用:「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」p93>
「凄い」経歴や能力を持った人たちの集団の中で、メンバーを「横に繋ぐ」ことができなかったといいます。閉鎖空間というストレスが招いた判断ミスもあるのでしょう。
■2人の候補者が乗り越えた「最大の危機」
そして、別の仕事、「ロボット作り」では、このようなことが起きました。
試験官たちはこの仕事に「罠」を仕掛けていて、締め切りの前日に突然、ロボットの中間プレゼンテーションをするようメンバーに命じたのです。
そして、両チームは制作物について徹底的にダメ出しをされてしまいます。
改良を加え、完成させるまでの作業時間はあと数時間という「危機」を演出するための罠なのです。
メンバーが途方に暮れる中、ここで注目されたのが、のちに宇宙飛行士に選抜された油井亀美也氏と大西卓哉氏の行動です。
リーダーは日替わりで、この日のリーダーは油井氏でした。油井氏のチームが作成していたのは声に反応してボールを蹴る犬型のロボットですが、うまく動きませんでした。
2種類のセンサーを利用していたことが原因でした。
改良作業の時間がわずかしか残されていない中で、油井は、これからチームは何に取り組み、何を「捨てる」べきか、リーダーとして議論を進めていこうと乗り出したのだ。
<引用:「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」p151>
そして、「動かない」という最大の事態を回避するために、センサーをひとつ外して動きをシンプルにしようという形でチームの意見がまとまりかけたとき、異論を唱えたのが大西氏でした。
「シュートと言う声に反応して、実際にシュートする。そういう自由な動きが、このロボットの最大のセールスポイントですよね。そこをなくしたら、そもそもの存在意義がなくなってしまいますよ」
強く主張する大西。センサーを取って単純化するという方針に決まりかけていた中で、この大西の発言は意外なものだった。<引用:「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」p158>
結果、油井氏は大西氏の意見を受け入れました。
リーダーシップとフォロワーシップ
最終的に宇宙飛行士に選ばれたこの2人のやりとりは、試験官たちから大きく評価されていました。
それは、「リーダーシップとフォロワーシップを理解している」という点です。
リーダーシップと同様に重要視されている「フォロワーシップ」とは、自主的な判断で上司をフォローする(=支える)スキルです。
両者はこのような関係にあります(図1)。
図1 リーダーシップとフォロワーシップの概念
(出所:「肝炎コーディネーター普及に関するブランディング戦略と専門医に対するマネジメント育成について」厚生労働省科学研究成果データベース)
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2019/192161/201921006A_upload/201921006A0028.pdf p170
油井氏が評価されたのは、指摘を分析し、解決策を示すというリーダーシップのあり方です。
そして大西氏が評価されたのは、チームのためと考えて、強い進言を恐れないフォロワーシップです。
なお、フォロワーシップという概念を提唱したロバート・ケリー博士は、リーダーとフォロワーについてこのように指摘しています。
・ほとんどの組織において、成功に対するリーダーの貢献度は20%に過ぎず、フォロワーは残りの成功の80%の鍵を握っている
・リーダーでいる期間よりフォロワーとして働く期間が長い人がほとんどである
・組織改革を始めるのはリーダー、完遂させるのはフォロワー
<引用:「肝炎コーディネーター普及に関するブランディング戦略と専門医に対するマネジメント育成について」厚生労働省科学研究成果データベース>
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2019/192161/201921006A_upload/201921006A0028.pdf p169
つまり、チームの成否はリーダーが握っているのではないということです。
リーダーとフォロワーの正しい役割
話を先ほどの油井氏と大西氏に戻しましょう。
最終的にロボットは、発表の場では思い通りに動作しませんでした。しかし試験の結果としては、この2人のリーダーシップとフォロワーシップが評価されていたのです。
この2人の姿から、もうひとつ分かることがあります。
それは、押し通すことがリーダーの役割ではなく、また、全体の空気に呑まれたり黙って従うだけになったりすることがフォロワーの役割ではないということです。
フォロワーシップは、組織に健全なボトムアップをもたらすのにも有効です。上にものを言えないまま不満を抱え、黙って辞めていく。そういった人材は多いことでしょう。
そうならないためにも、フォロワーシップを育成していく必要があります。
また、そのためにも、冒頭に紹介した「心理的安全性」は欠かせません。
リーダー・フォロワーが互いにリーダーシップとは何か、フォロワーシップとは何かを理解する必要があります。
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【著者プロフィール】
<清水 沙矢香>
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。