最近では、新型コロナウイルス感染症の影響拡大によりテレワークが推進されるなど、各企業における労働条件にも変化が生じています。
時流に合わせた働き方を従業員に促すためには、雇用契約の内容を変更すべき場合もあるでしょう。
また、これまで雇用契約書を締結していなかった場合は、事業主と労働者の契約関係を明確化するために、ぜひとも雇用契約書を締結しておきましょう。
今回は、雇用契約の締結・変更に関する手続きや留意点について、法的な観点から解説します。
目次
雇用契約書を作成するメリットは?
雇用契約は口頭の合意でも成立するため、雇用契約書の作成は必須ではありません。
しかし、雇用契約書の締結には以下のメリットがあるため、まだ締結していない場合には、この機会に締結しておくことをお勧めいたします。
●契約内容が明確化される
雇用契約書を作成することにより、雇用契約の内容が書面上に表現されて明確になります。
もし事業主と労働者の間で紛争が生じたとしても、雇用契約書に定められるルールを客観的な基準として参照できるため、スムーズに問題を解決できる可能性が高まります。
●労働基準法上の労働条件明示義務をカバーできる
労働基準法では、一定の労働条件については、事業主が労働者に対して書面により明示すべき旨が定められています(労働基準法15条1項、同施行規則5条1項1号~4号、3項、4項本文)。
雇用契約書を作成して、所定の労働条件を記載しておくことにより、事業主は書面による労働条件明示義務を果たしたことになります。
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雇用契約に規定しておくべき労働条件とは?
雇用契約の中でもっとも中心的な内容は「労働条件」です。
雇用契約書に記載すべき労働条件は、労働基準法やパートタイム・有期雇用労働法の規定を参照すると、以下のとおり整理されます。
●書面で明示することが必須の事項
労働基準法では、以下の労働条件については、事業主が労働者に対して書面により明示することが必須とされています(労働基準法15条1項、同施行規則5条1項1号~4号、3項、4項本文)。
・労働契約の期間
・期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準
・就業の場所
・従事すべき業務
・始業、終業の時刻
・時間外労働の有無
・休憩時間
・休日、休暇
・交代制シフトを採用する場合は、就業時転換に関する事項
・賃金の決定、計算、支払いの方法、締め切り、支払いの時期
・昇給
・退職(解雇事由を含む)
これらはすべて労働条件の中でも基本的な事項なので、雇用契約書の中に漏れなく書き込んでおきましょう。
●任意に規定することができる事項
以下の事項については、事業主の判断によってルールを置かないこともできますが、ルールを定めた場合には、労働者に対する明示が必要になります(労働基準法15条1項、同施行規則5条1項4号の2~11号)。
・退職手当
・賞与、精勤手当、勤続手当、奨励加給、能率手当
・最低賃金額
・労働者に負担させる食費、作業用品など
・安全、衛生
・職業訓練
・災害補償、業務外の傷病扶助
・表彰、制裁
・休職
上記の各条件の労働者に対する明示は口頭でも可ですが、契約内容を明確化するためにも、採用したルールについては雇用契約書に書き込んでおくことをお勧めいたします。
●アルバイト社員との雇用契約で特に明記すべき事項
パートタイム・有期雇用労働法※では、パート・アルバイトなどの短時間労働者や、有期雇用契約を締結する労働者について、特に以下の労働条件を明示することを事業主に義務付けています(同法6条1項、同施行規則2条1項)。
※正式名称:短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律
・昇給の有無
・退職手当の有無
・賞与の有無
・雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口
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雇用契約書の締結・変更の手続きは?
雇用契約書を締結・変更する場合の手続きは、以下のとおりです。
●原則:労働者の同意を得て契約書(または変更覚書)を締結する
新規に雇用契約書を締結する場合、一般的な契約書と同様に、事業主と労働者がそれぞれ署名捺印(記名押印や電子署名も可)を行います。
一方、雇用契約書を変更する場合は、契約書のどの部分がどのように変更されるかをまとめた「変更覚書」を締結します。
新規締結・変更のいずれの場合にも、以下のような事態が生じないように、弁護士等の専門家のリーガルチェックを受けて万全を期しましょう。
・実務上ワークしない規定が含まれている
・文言の意味が不明確であり、2通り以上の意味に読み取れる
・事業者にとってあまりにも不利益な規定が含まれている
●例外:就業規則の変更により契約内容を変更できる場合がある
全従業員との関係で労働条件を変更したい場合、個別に雇用契約書を変更するのでは、膨大な手間がかかってしまいます。
この点、労働契約法の規定によると、以下の場合には、就業規則を変更することで個々の雇用契約の内容を一挙に変更することが可能です(労働契約法9条、10条)。
①労働者にとって有利な内容に労働条件を変更する場合
②労働者にとって不利益な労働条件の変更であって、以下の条件をすべて満たす場合
・変更後の就業規則を労働者に周知したこと
・就業規則の変更が、諸般の事情に照らして合理的なものであること
特に労働条件の不利益変更(②)の場合、就業規則の変更の合理性が認められるかどうかが、適法に労働条件を変更するための重要なポイントになります。
労働契約法10条によると、就業規則の変更の合理性の有無は、以下の要素を考慮して総合的に判断されるものとされています。
・労働者の受ける不利益の程度
・労働条件の変更の必要性
・変更後の就業規則の内容の相当性
・労働組合等との交渉の状況
など
事業主が就業規則の変更により労働条件を一括変更しようとする場合、法務部門と外部弁護士の連携により、上記の要件を満たしているかを慎重に検討することが大切です。
なお、就業規則を変更する場合は、過半数労働者(または労働組合)の意見を聞いたうえで、その意見を記した書面を添付して、労働基準監督署長に対して届け出を行う必要があります(労働基準法90条1項、2項)。
まとめ
雇用契約書の形で労働条件を客観的にまとめておくことで、事業主と労働者の間でトラブルが発生する可能性を低下させることができます。
また、新型コロナウイルスの感染拡大をはじめとして、事業主が社会の変化に対応するためには、定期的に雇用契約書の見直しを行うことも大切です。
近年では、労働者を保護する方向での法規制の強化や、事業主と労働者の関係性の変化などにより、雇用契約書の重要性が増しているといえるでしょう。
労働者との間で雇用契約書を未だ締結していない事業主の方は、必要に応じて専門家のサポートを受けつつ、雇用契約書の整備を検討してみてください。
阿部 由羅
ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。専門は不動産・金融法務。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連の記事執筆にも注力している。
https://abeyura.com/
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