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緊急事態宣言発出、路頭に迷う「数千個のアランチーニ」に起きた奇跡

「よりによってこのタイミングで・・・」
アランチーニ専門店「ComeStai?(コメスタイ)」の店主・篠原氏は言葉を失いました。2021年4月25日、東京都が3回目となる緊急事態宣言を発出したためです。
2年ぶりとなる「三越イタリア展」が日本橋三越本店で開催されており、「ComeStai?(コメスタイ」も出店していたのです。

しかし突然の緊急事態宣言により、イベントは開始からわずか4日で強制的に終了させられてしまいました。
大量の仕込みと在庫を抱えたままで、です。

 

コロナ禍で閉店、そして再起

シチリア島のソウルフードとして有名なリゾットコロッケ、その名は「アランチーニ」。

日本初のアランチーニ専門店として「ComeStai?(コメスタイ)」が産声を上げたのは、2020年10月のことです。
コロナ禍でダメージを負う飲食店が多い中、篠原氏は「あえて今だからこそ」と、テイクアウトと配送に特化した飲食店をオープンさせました。

卵ほどの大きさのアランチーニは40gで、一つ300円です。
こんなちっちゃなコロッケがそんなにするの?!と思うかもしれませんが、これは単なるコロッケではありません。
イタリアンのシェフが試行錯誤を重ねて設計した極上のレシピ。その贅沢なリゾットがギュッと包み込まれた「小さな芸術品」なのです。

■「小さな芸術品」アランチーニ

実はComeStai?(コメスタイ)をオープンさせる前、篠原氏は6年連続ビブグルマン獲得のイタリアンレストランを経営していました。
わずか14坪の店内はいつも人で溢れ、アットホームな雰囲気が人気のレストランでした。
それがコロナの影響で閉店を余儀なくされてしまったのです。

当時はパスタがメインのレストランでした。
しかし業態転換するにあたり、テイクアウトを念頭に置くとパスタは適当ではありません。
そこで思いついたのが「アランチーニ」です。

10代の頃、ミラノで貧乏生活を送っていた篠原氏。
当時、手軽に美味しく空腹を満たしてくれた「ごちそう」がアランチーニだったそうです。
その時の小さな感動を日本でも味わってもらおうと、材料や調理方法にこだわりつつ再起をかけ、新たなスタートを切りました。

ComeStai?(コメスタイ)のキッチンを守る山本シェフは、
「味のピークをどこに置くのかを考えながら、レシピを作っています」
と教えてくれます。

山本シェフはこれまで、ミシュランガイド一つ星店を含む有名イタリアンレストランでキャリアを積んできました。そして、その鍛え上げた腕と舌を頼りに、
「時間が経過しても美味しい料理とは何か」
を考え続けた結果、様々な食材選びや調理方法を編み出しました。

例えばリゾットの食感について。
「イタリア料理ですが、イタリア米は使わずに国産のコシヒカリを使います。
コシヒカリは水分が豊富で、時間がたってもしっとりした状態を保ちます。
また、モチモチ感を強めるためにもち米や、食感にバラエティーを出すためにもち麦を混ぜてリゾットを完成させます」

たしかに、一口目で感じるリゾットの歯ごたえと舌ざわりは一言では表せません。
その理由が、ミックスされた数種類の米にあると言われて得心が行きました。

「あとは食材の使い方も、スローフード発祥の地であるイタリアの食文化を踏襲しているんですよ」
篠原氏が興味深い発言を挟みます。

「エビは身を使うだけでなく、殻を焼いて出汁をとります。野菜の皮も同じく出汁として使ったり、それでも余った部分は僕たちの賄い料理で使ったりと、余すところなく使い果たしています」

ーーなるほど。噛めば噛むほど広がるこの味わいは、出汁からくるのか。

アランチーニを頬張りながら、彼らの話に深く頷きます。
そして食材を無駄なく使い切るようにした結果、生ごみの量はレストラン時代のおよそ7分の1に減ったそうです。

味だけでなく、調理に関わる全てのプロセスへの配慮こそが、プロの腕の見せ所と言えるでしょう。
篠原氏と山本シェフの料理に対するプライドが垣間見えた瞬間でした。

■篠原氏(左)と山本シェフ(右)

 

チャンスからの暗転

そんなある日、篠原氏へ一本の電話がありました。
「今年の三越イタリア展で、アランチーニを紹介してみませんか?」
これは何とも、驚きの連絡でした。

三越イタリア展とは、イタリアの食品やワイン、オリーブオイルや雑貨など「美味しいイタリア」「お洒落なイタリア」を集めた催しです。
イタリア大使館貿易促進部が後援する、春の風物詩といっても良い人気イベントです。
2年ぶりとなる今年は、ミシュランガイドのスター・ホルダーやレジェンドシェフらのコラボによる「ワンプレートメニュー」が楽しめるとあり、多くのイタリアン愛好家が心待ちにしていました。

小さなイタリア料理店にとって、これは夢のようなチャンスです。
足を運んでくれる多くの顧客を、品切れなどでガッカリさせることのないよう、普段の3倍以上の仕込みでイベントに備えました。

そして冒頭の緊急事態宣言は、まさにその矢先の出来事だったのです。
イベント初日から4日間販売したものの、数千個の用意をしたアランチーニは半分以上が残ったままでした。
そうは言えども、東京都の要請やデパートの決定には従わざるを得ません。

イベント中止が決まった日の夜中、篠原氏はSNSでこんな「お願い」を流しました。

「当店のアランチーニは、イタリアンのシェフが店の厨房でひとつひとつ手作りしている料理です。保存料等は一切使っておらず、賞味期限までに店の通常営業だけで催事と同じ数を売り切ることはほぼ不可能です。このまま黙って大量廃棄するよりはダメ元でSNSにてお願いしてみようと、このような告知をさせていただきました。」

こう補足した上で、在庫となってしまった大量のアランチーニを特別価格で販売する、と告げました。
後は運を天に委ねるのみーー。

■アランチーニの運命はいかに・・・

 

怒涛の完売

そして翌日の、ComeStai?(コメスタイ)のSNSです。
「お礼 ご協力いただいたすべての方にお伝え申し上げます。(中略)幸運にも多くの方にメッセージをご共有いただき、投稿から24時間も経たないうちに、全てお買い上げいただくことができました。」

なんとSNSがシェアされた回数は981回。瞬く間に情報は広がり、あっという間に売り切れてしまったのです。
私もシェアした一人ですが、それを見て店舗を訪れた友人がSNSで紹介してくれたり、その友人の投稿を見てさらに店舗へ足を運んでくれた人がいたりと、とてつもない広がりを目の当たりにしました。

「注文しようと思ったら、もう売り切れだったよ!」
別の友人からは、このような残念でもあり嬉しくもある報告を受けました。
一方、「怒涛の勢い」でSNSが拡散されたと知った篠原氏は、どのような心境だったのでしょう。

「在庫が完売したことが嬉しいというより、これほど多くの方々に応援してもらえたことが感動でした」

SNSでの「お願い」の直後からネット注文が殺到。翌日の店頭は長蛇の列。外部から助っ人を呼んでも追いつかないほどの忙しさーー。
細々と在庫処分どころか、まるで戦場のような騒ぎとなりました。

顔をほころばせる篠原氏の横で、私の脳裏にはこんな考えが浮かびました。

今回の「驚異的な拡散」の裏には、人々が持つ「食べ物を無駄にしない」という意識に加え、「コロナ禍で蓄積されたフラストレーション」が影響したのではないかーー。

コロナ禍で翻弄される飲食店やイベントを助ける気持ちと共に、どうにもならない現実への鬱憤を晴らすかのような衝動が、驚異的な拡散につながったのではないかと感じました。

言うまでもなく、篠原氏に対する人望やComeStai?(コメスタイ)がいかに愛されているかも、今回の奇跡を巻き起こした要因の一つであることは間違いないでしょう。

 

成功は「運」だけではない

別の観点から、今回の「奇跡」について考えてみます。

イタリア展には他にも多くの飲食店が出店していました。またイタリア展に限らず、緊急事態宣言により料理の在庫を抱えた飲食店は多数存在するはずです。

ではなぜ、ComeStai?(コメスタイ)は数千個のアランチーニを一日で完売し、数日間のうちに発送することができたのでしょう。

それは「テイクアウト・配送専用に作られた料理」であることに、最大の理由があります。

先にも述べましたが、ComeStai?(コメスタイ)のコンセプトが
「テイクアウトと配送に特化した飲食店」
であり、アランチーニのコンセプトは
「いつでもどこでも手軽に美味しく食べられるイタリア料理」
であるため、今回のような緊急事態にも柔軟に対応できたのです。

■箱詰め作業中のアランチーニ

業態として店舗で飲食サービスを行う場合、そもそも料理の質がテイクアウトに向きません。さらに配送用の容器の確保や梱包などで不慣れな部分もあるでしょう。

その点、元から配送を前提に作られているアランチーニと、配送作業を日常業務として行っているComeStai?(コメスタイ)のスタッフだからこそ、徹夜で作業を行ったとはいえ、なんとか乗り切ることができたのです。

コロナによる意外なピンチを切り抜けたことで、コロナ禍で業態転換を決意した篠原氏の「読み」が的確だったことが証明されました。

そして何より、
「僕の大好きなイタリア食文化を日本で広めたい」
という彼の強い思いこそが、今回の“アランチーニの奇跡“につながったのではないでしょうか。

 

 

 

浦辺里香(うらべりか)
ライター/特定社会保険労務士/ブラジリアン柔術紫帯
早稲田大学卒業後、日本財団、東京中日スポーツ新聞社を経て社労士として開業。
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