昭和時代に成果を上げた人材、すなわちハイパフォーマーといえば、「感情的な熱血タイプ」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
「スポ根漫画」が流行り、「24時間働けますか」といった広告コピーが話題になった時代。「とにかく頑張れ」と根性で修羅場をくぐり抜けてきたタイプや、締め切りを守るために徹夜し、私生活を犠牲にし、ひたすら仕事に打ち込んできたタイプが主流だった時代です。
そして今でも、海外の日系企業には「昭和時代ならハイ・パフォーマーと呼ばれたであろうな」と思われる方がいます。
部下を直情的によく怒り、ひたすら「頑張れ」と鼓舞することで、土壇場を乗り切ってきたようなタイプです。
また、「マイクロマネジメント」をする上司もいます。
部下にも完璧を求め、小さなミスがあると「やり直し!」と怒鳴る人、中にはホチキスの止め方についても細かく指示を出す人がいます。
しかしデジタルの時代になり、企業の闘い方が変わりました。
今の時代には、「スマートパフォーマー」とも呼ばれるような小さなチャレンジを多くしつつ、素早く修正をかけていくというようなタイプが注目されているのです。
そのポイントは、
1)完璧を目指さない
2)バッファを作る
3)「真面目」をほどほどに
の3つです。
詳しく見ていきましょう。
100パーセント完璧を目指さないで、80パーセントで出す時代に
「なぜ、あなたの仕事は終わらないのか」を書いた中島聡さんはマイクロソフト時代、1995 年にウィンドウズ95を開発し、グローバル版を発売したチームにいました。
平成時代の初期に出た「ウィンドウズ95」は、3500個のバグがあったまま、リリースされたそうです(*1)。
なぜか。
中島さんによると、バグを0にすることは、ソフトウエアの世界では現実的ではないほどに難しいからなのだそうです。
大規模なプロジェクトの場合、バグの数はある臨界点に達すると減らない上に、バグを減らすために、副作用で別のバグが出るのです。
100点ではなく、80点、90点のものを出す。それを細かく修正していくのが、ソフトウエア時代の仕事術です。
さらに中島さんは、何もこれはソフトウエアに限ったものではないといいます。「すべての仕事は必ずやり直しになる」というのです。
仕事とはそういうものです。どんなに頑張って100%のものを作っても、振り返ればそれは100%ではなく90%や80%のものに見えてしまうのです。言い換えれば、100%のものは、そんなに簡単に作れるものではないのです。だから世の中のアプリ開発者は、配信後も長い時間をかけてアップデートを繰り返し、少しでもいいものを提供できるように努力しているのです。(*2)
東南アジアではときどき「ソフトオープン」と称して、サービス開発途中の店やホテルを公開してしまうことがあります。
もしかすると、これもその1例と言えるかもしれません。
ソフトオープンで顧客の様子を見つつ、「グランドオープン」までに細かい修正を繰り返していきます。
このことは、一つには時代の流れが早くなったことと無関係ではないでしょう。一度作ったものを時代に合わせて作り替えることを意味するからです。
2000年代には、iPhoneやiPad、スマートフォンがほぼ全ての仕事を変えてしまいました。2020年から始まったパンデミックでほぼ全ての業態に変化が生じました。
数年単位・ときには数ヶ月単位で、見える世界がガラッと変わってしまう現代、この仕事のやり方が求められています。
「なるはや」をやめて「バッファ」を作る
中島さんはまた、日本企業は「なるはや病」をやめよ、と提言しています。
日本の職場で今最も蔓延している病気といえば「なるはや病」でしょう。これは「締め切りは明示しないけど、とりあえず早めにやってくれると助かるのでなるべく早くやってくれ」という、極めてあいまいな指示が飛び交う日本企業特有の病です。(*3)
「なるはや」は、実は東南アジアでも良く「意味がわからない」と言われている言葉です。しかし「なるはや」がなぜダメなのでしょうか。
根性で頑張って常に100パーセントの力でできるだけ早く全てを終わらせるーーなんだかこれが正しいことのように見えてきますが、実はそうではないようです。
「なるはや」とは「締め切りを提示しない曖昧な指示」です。
そのため、「常に頑張って全力を尽くすこと」が逆に、緊張感のない、クオリティの低い仕事になってしまうというのです。
中島さんはむしろ、毎日、ただがむしゃらに仕事をするのではなく、心理的な余裕(スラック)を持つことで、常に一定のバッファを持たせておく。このバッファがいい結果を生むと書いています。
このスラックがないと仕事の効率が落ちたり、効率的な方法に気付けなくなっていく危険性があると言います。
表面的な「頑張っているフリ」が企業を停滞させる
仕事の中に「遊び」を持たせることの重要性は、独立研究者の山口周さんも指摘しています。
「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」には、3M社が、研究職に対してその労働時間の15%を自由な研究に投下してよいというルールを作ったことに対し、こんな記述が出てきます。
根性論が極めて重視される日本企業では、組織のアジェンダから離れた個人が、自分なりに興味あるテーマを設定して業務時間の15%を投入することは「空気」的に許され難いものがあります。「これだけ数字が厳しい状況になっているのに、お前は『遊び』のために週に一日使いたいっていうんだな?」という冷ややかな圧力がこの国のイノベーションをどれだけ停滞させることになっていることか……。(*4)
とにかくいつも全力疾走せよ、脇目を振るな、仕事以外のことは全て後回しでいいーーそんな「昭和の上司的」な態度がイノベーションを阻害する原因になっていくというのです。
そして、部下の側も、遊びを見せず、できるだけ真面目に働いているふりをし始めます。すると、どんどん視野が狭くなって、いよいよイノベーションが遠のきます。
さらに良くないのは「頑張っている人」と「頑張っているふりをしている人」たちが、「こんなに頑張っているのだから、頑張りを評価してほしい」という空気が職場を支配し始めることです。成果ではなく、プロセスを重視して人事評価をするようになるのです。
その結果として、責任者はいつも中長期目標未達成ということになるわけですが、ここで出てくるのがプロセス重視の温情人事です。「あれだけ必死に頑張ったわけだし、経済環境がマイナスに働いたという不運もありますから、今回は事情を酌量しましょう」ということです。
(*5)
ハイパフォーマーの定義が時代と共に変わっていくなか、人事もまた、意識改革が求められていく時代になったといえます。
成果を出すために本当に必要なことはなにか。
合理的な思考能力で意思決定をすることこそ、今の日本人に必要なことなのかもしれません。
(出典)
(*1)(*2)(*3)
中島聡. なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である (Japanese Edition) (Kindle の位置No.433-437). Kindle 版.
【著者プロフィール】
のもときょうこ
早稲田大学法学部卒業。損保会社を経て95年アスキー入社。雑誌「MacPower」「ASAhIパソコン」「アサヒカメラ」編集者、「マレーシアマガジン」編集長などを歴任。著書に「日本人には『やめる練習』が足りていない」(集英社)「いいね!フェイスブック」(朝日新聞出版)ほか。編集に松井博氏「僕がアップルで学んだこと」ほか。