景気回復が謳われる昨今。しかし、労働市場においては、課題が多く残されております。その改善を目的としたいくつもの施策があり、順次、施行されています。すでに始まっている、「長時間労働の是正・多様で柔軟な働き方の実現」に対し、2020年4月(中小企業は2021年4月)からは、「同一労働同一賃金」が始まります。
「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」は、アルバイト雇用において一番の課題となる可能性があります。
出典:愛知県労働局
https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/news_topics/topics/2015/27629-01_00003.html
私は、社会保険労務士として、複数の顧問先を守っています。いくつかの顧問先では、すでに「同一労働同一賃金」を実施しているため、そこから見える注意点や展望を一足早くお届けします。
非正規社員(アルバイト等)が多い業種というと、群を抜いて「サービス業」が挙げられます。なかでも「飲食店」の割合は、サービス業全体の25%を占めます*1。この飲食店において、同一労働同一賃金の実施は、ハードルが高いと言わざるを得ません。
一つ目の事例は、都内で飲食店を経営するA社についてです。従業員数18名、そのうち正社員が4名、アルバイトが14名の会社です。正社員とアルバイトとの時給差額は、約450円(正社員1,500円、アルバイト1,050円)でした。社長は最初「社員とアルバイトの時給を同じにしたら、うちの店はつぶれます」とおっしゃいました。たしかにその通りかもしれません。売り上げが急激に伸びるわけでもなく、人件費のみが上昇すれば当然のことです。
しかし、打ち合わせを重ね、いくつかの提案をしたことで、人件費の高騰を避けることができました。
では、働き方改革のおさらいを兼ねて、同一労働同一賃金がどのようなものなのかを確認していきましょう。
目次
同一労働同一賃金とは?実施にあたり注意すべき点は?
2020年4月(中小企業は2021年4月)から義務化される同一労働同一賃金は、正社員と非正規雇用労働者(短時間労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)との間での、不合理な待遇差を禁止する政策です⋆2。具体的には、同一企業内において、正社員と非正規雇用労働者との間で、給与や賞与、休暇の取り方や福利厚生など、あらゆる待遇について、不合理な待遇差を設けることを禁止します。
一見、「賃金の待遇差をなくせばよい」と思われがちですが、実際は福利厚生やキャリア形成、能力開発(教育訓練等)についても、同等に扱わなければなりません。つまり、「社員」「アルバイト」といった名称の違いのみで、賃金や待遇に差をつけてはいけない、ということです。
以下の表は、正規雇用労働者と有期雇用労働者(契約社員)の各種手当に関する待遇の違いが、不合理かどうかについて争われた事件の、最高裁判所の判例です(「平成30年6月1日最高裁判所第二小法廷判決・平成28年(受)第2099号、第2100号 未払賃金等支払請求事件)より)。
出典:厚生労働省働き方改革特設サイト支援のご案内「同一労働同一賃金取組手順書」より抜粋
https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata/same.html
判決理由から分かるように、「職務内容が同じで、従事する作業の評価(金銭的な)が「社員」「アルバイト」という名称によって差別してはならないこと」が、明確に示されました。
賃金以外の待遇面では、例えば、「社内食堂、休憩室、更衣室の利用の有無について」、「休暇や休職について」、「教育訓練等について」などが挙げられます。これまでは、社員とアルバイトでこれらの待遇に差をつけていたもの(社員は可能だが、アルバイトは不可能)を、今後は同条件で利用できるようにしなければなりません。
これらの改定は、アルバイトで働く人にとっては朗報ですが、事業主にとってはやるべきことが多く、大変な作業です。また、現行のアルバイトの賃金(時給)に合わせて、社員の賃金(月給等を時給換算した額)を下げることは避けねばなりません。では、どのように人件費抑制の対策を講じればよいでしょうか?先に示した顧問先での実例を見ながら、整理してみましょう。
人件費の適正化のためにすべき作業
他の会社より一足早く、同一労働同一賃金を取り入れた飲食店のA社ですが、どのような対応をし、結果、どのくらいの人件費抑制が可能になったのかを、ご紹介します。
まず、社員とアルバイトで、どのような業務をしているのかを洗い出してみました。その結果、飲食店という現場主体の特徴もありますが、社員もアルバイトもほぼ同じ業務をしていました。今の状態では、「同一労働同一賃金」は免れません。
次に、「社員とアルバイトで、分けることのできる業務がないか」について協議してもらいました。その結果、「店舗にとって責任が発生する業務は、アルバイトではなく社員に担当させること」になりました。「責任が発生する業務」とは、具体的にはレジ締め業務、食材等の発注作業、タイムカードの確認(打刻時間に間違いがないかどうか)、勤務シフトの管理などです。驚くことに、これらの作業を、これまではアルバイトでも行っていたのです。しかし、週1回勤務のアルバイトが発注作業でミスをし、その確認がしたくても連絡がつかないことがあったそうです。また、ある時間帯に社員がおらず、アルバイトだけで営業していたこともあったそうです。もしこの時に何かトラブルが起き、アルバイトが対応しなければならなくなった場合、果たしてその責任を果たすことができるでしょうか。アルバイト本人の負担も大きいですし、会社としての管理義務にも問題があります。
そこで、社員が行う業務と、アルバイトが行う業務を選定・明文化(労働条件通知書の作成・交付)し、全員と面談の上、新制度がスタートしました。表面上の賃金に変動はありませんが、「業務内容に明らかな差」ができました。アルバイトの業務が減り、社員の業務が整理されました。これまで社員の勤務シフトを「なんとなく」作成していたものを、どの時間帯でも社員が一人は店舗にいるよう調整しました。また、金銭にかかわる業務も社員に一本化し、店舗経営の一端を担っている責任を、社員全員が感じるようになりました。これにより、アルバイトの残業が減り、社員のモチベーションが上がり、店舗の雰囲気にメリハリがつきました。
人手不足解消のためにアルバイトを雇用するリスク
飲食店A社は、働き方改革の良い流れに乗ることができた例です。しかし、時にはアルバイトと社員の「賃金格差の逆転現象」が発覚することもあります。
都内で飲食店を経営するB社は、従業員数約100名、そのうち正社員12名、アルバイト約90名の会社です。アルバイトの賃金は、東京都の最低賃金プラス85円~185円(1,100円~1,200円)の設定ですが、社員の給与を時給換算すると、なんと最低賃金ギリギリ(1,015円)でした。これには事情があり、月給社員には「固定残業代(45時間分)」が支給されており、総支給額の25%が固定残業代だったのです。
人手不足の中、アルバイトを募集しても時給が低いと応募がありません。そのため、仕方なく時給を上げてアルバイトを確保してきました。月給の場合、自分の「時給」がいくらなのかを理解していないことが多いです。B社の社員のように、固定残業代が含まれているとなおさらです。
現在、B社の社員の賃金を、アルバイトの時給まで引き上げる作業をしています。こちらはA社と違い、社員の賃金を上げなければなりません。
しかし、残業代として45時間分の残業代を固定で支給しているため、この部分についての見直しは必要です。実際に毎月45時間の残業をしているかどうか、また、45時間の残業をしている場合は残業を削減するための業務の見直し、営業時間の短縮(アイドルタイム、閉店時間を30分ずつ減らす等)を検討し、可能な限り残業を減らします。こうすることで、総支給額の内訳から「固定残業代」のウエイトが減り、トータルの賃金上昇を限りなく最小にとどめることができます。
雇用形態にとらわれず、誰もが働きやすい職場環境を
みなさんが買い物をするとき、同じ商品なのに値段が違っていたらどうしますか?全く同じであれば安い方を選ぶと思いますが、商品説明を読み、「値段が高い方は、安い方に比べてバッテリー稼働時間が10倍長い」あるいは「値段が高い方は国産の材料で作られているが、安い方は輸入品で作られている」など、値段の差が何であるかが分かれば、購入の目安にもなりますしトラブル防止に役立ちます。
アルバイト雇用も同じです。時給がいくらで、従事する業務内容はこういうことで、働く時間はこのくらい…という「労働条件の明示」がとても重要な鍵となります。働く側も、「こんな仕事をするなんて聞いてない!」など、会社に対する不信感を抱くリスクを減らすことができます。逆に、社員と同じ責任感(ボリューム)の業務に従事する場合、時給は社員と同じでなければなりません。あくまで、「業務内容を明確化・明文化」することによって、それぞれの立場で賃金に差をつけられるということです。
事業主も労働者も、お互いが気持ちよく働ける環境づくりのきっかけとして、「同一労働同一賃金」を上手に取り込んでみましょう。
⋆1「総務省統計局 サービス産業動向調査 月次調査結果の概要2019年(令和元年)11月分-18頁」
https://www.stat.go.jp/data/mssi/kekka/index.html
https://www.stat.go.jp/data/mssi/kekka/pdf/m1911.pdf
*2「厚生労働省 同一労働同一賃金ガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html
【筆者】
浦辺里香(うらべりか)
早稲田大学卒業後、大手財団法人広報グループに配属。その後、スポーツ新聞社で記者職に従事しながら、2009年社会保険労務士試験に合格・開業。2010年に特定付記。
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