組織・チーム
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なぜ上司は「そんなことをして何かあったらどうするんだ」と怒り出すのか

「そんなことをして失敗したらどうするんだ!」
「そういう情報発信をして、万が一、気分を害する人がいたら責任を取れるのか!」

このように、何かをしようとした時、上司や管理部から「そんなことをしたらリスクがあるじゃないか」と言われ、企画案を取り下げてしまったビジネスパーソンは案外多いのではないでしょうか。

しかし、リスクとは本来、何かをすることだけでなく、何もしないことによっても生じるものですし、そもそも完全に排除することなど不可能です。
それにも拘わらず、日本企業にはこのような「何かをして、何かあったらどうするんだ」という「ゼロリスク信奉」で部下の仕事を阻止しようとする”責任者”が後を絶ちません。

一方、海外の成功企業に目を向けると、百戦錬磨のリーダーたちは、逆にこぞって失敗を奨励し、「失敗への不安を乗り越えよう」「成功は失敗の上に築かれる」「もっとリスクを取って、もっとクレージーなことを試す必要がある」などと語っています。

では、なぜ日本ではゼロリスク信奉が幅を利かせているのでしょうか。
このような組織文化はどうすれば打破できるのでしょうか。

 

そもそもリスクを排除することは可能なのか

■「自己規制」という名の呪縛

こんなことがありました。
もう10数年前のことです。
当時、筆者はある辞書の編纂に携わっていました。

一冊の辞書を作るまでにはさまざまな工程があり、複数の編集者が作業を分担しつつ連携を図る必要があります。
そのため、月1回の編集会議には、各地から10数名の編集者が出版社に集い、数時間にわたって打ち合わせや話し合いを行っていました。

座長は当時80歳を過ぎた言語学の権威、筋金入りの学者です。
温厚そのもので物腰も口調も柔和なのですが、目の奥には知識人らしい厳しさが宿る方でした。

その先生が、10年を超えて続いた編集会議の場で、たった1度だけ声を荒げた瞬間があります。

「その論法でいくと、八百屋も魚屋もダメってことなんですね? 薬屋も菓子屋も花屋も? それから、パン屋も鮨屋も蕎麦屋も?」

怒気を孕んだ声だけでなく、唇も手先もワナワナと震わせながら、先生は出版社側の編集者につめ寄りました。

「はい、おっしゃる通りで・・・」
編集者は、神妙な面持ちで答えます。

「先生のご意見はごもっともでございます。ただ、このことは弊社の取り決めになっておりまして、私の一存では、どうにも・・・。もし、これがOKということになりますと、必ずクレームをつけてくる方がいらっしゃる。それはこれまでの経験上、確実なのです。そうしますと、最悪の場合、販売を自粛するという事態にもなりかねませんので・・・」

発端は、「本屋」です。
職業を表す「〇〇屋」という言葉は侮蔑的な表現だと捉える人がいる。それで、出版業界では、そういう人々に配慮して、こうした言葉の使用を控えるという自己規制が常態化しているというのです。
しかし、職業ではなく「駅前のパン屋さん」のように店舗を示す場合や「八百屋さん」「魚屋さん」など愛称として使うのは構わない。*1:p.492

「そんなバカな! 『本屋』がなんで侮蔑的なんでしょうか。『さんづけ』ならいいっていう発想も安直です! そもそも、言葉って一体、誰のものなんですっ?」

先生でなくても、そう言いたくなります。
言葉は誰の所有物でもありません。基本的に、誰がどう使おうと自由です。
もちろん、その言葉によって不当に差別され傷つけられる人が1人でもいるのであれば、そういう言葉は使わない方がいいに決まっています。

しかし、ほとんどの言葉は、使い方も受け止め方も人それぞれですし、同じ人であっても状況によって感じ方や解釈が異なるでしょう。
美しい言葉をネガティブな意味合いで使うことだって可能ですし、それによって傷つく人もいるはずです。

「この言葉を使うと、侮蔑的に受け取る人がいる」
という理由で自己規制をかけるのであれば、極端にいうと、ほとんどすべての言葉がその対象になり得る。
それでは、一切の言語行動ができなくなってしまうではありませんか。

このような「表現の自由と差別(あるいは猥褻)」問題は、文学の世界ではこれまでも度々激しい議論を呼び、文学作品をめぐって法廷闘争にまで発展した例もいくつかあります。

■カリスマ・桑田佳祐氏を悩ます「これ大丈夫かなお化け」

こうした事情は、アーティストの世界でも同じです。
桑田佳祐氏もこの問題に頭を悩ませる1人。

ユーモアと辛辣さ、エロス、ナンセンスがないまぜになった桑田ワールドは、実に個性的で、意表をつく言葉のチョイスと過激な表現が魅力です。

ところが、近年、難しい問題が生じています。
歌詞の内容がコンプライアンスに照らして問題ないのかと常に問う必要がある。それを、「これ大丈夫かなお化け」と彼は呼びます。*2-1

「コンプライアンスという概念のおかげで、泣き寝入りをせず、救われた人たちもいっぱいいると思う。でも一方で、表現に対する視線もきつくなった。視野が狭くなったというか、よく言われる『寛容でない』意見も増えた気がします」*2-2

人の想いや恋心は、昔も今も変わりません。
人間の根源的な感情はそうたやすく変わるものではないのです。
しかし、一方で、その表現方法は、時代の流れとともに、どんどん狭められてきています。

自己規制によって、表現の自由と引き換えに担保しようとするリスク排除。
それは、果たして本当に実現するものなのでしょうか。

■クレーム・バッシングのしくみ

SNSの投稿・拡散に関する意識調査の結果から興味深いことがわかってきました。*3

図表1 SNSでネガティブな内容の投稿をした経験がある人の割合と内容
出典:独立行政法人 情報処理推進機構(2021)「2020年度 情報セキュリティの倫理と脅威に対する意識調査 ー 【倫理編】報告書 ー」p.18
https://www.ipa.go.jp/files/000088910.pdf

まず、ネガティブな投稿をしたことがある人は全体で18.5%、最も割合が高い20代では26.5%に上ります。
内容で最も多かったのは、「企業、店、商品、サービスなどの批判」でした。

その投稿理由は何でしょうか。

図表2 SNSでネガティブな内容の投稿をした理由
出典:独立行政法人 情報処理推進機構(2021)「2020年度 情報セキュリティの倫理と脅威に対する意識調査 ー 【倫理編】報告書 ー」p.19
https://www.ipa.go.jp/files/000088910.pdf

表の赤く囲まれた欄をみると、「反論したかった」「非難・批評したかった」「不快になった」「イライラした」という理由を上げた人の割合が高いことがわかります。
中には、「炎上させたかったから」「注目されたかったから」「好奇心や面白さから」というものもあります。

では、こうしたネガティブな内容の投稿をした人たちは、その投稿の後、どんな気持ちになったのでしょうか。

図表3 SNSでネガティブな内容の投稿をした後の感情
出典:独立行政法人 情報処理推進機構(2021)「2020年度 情報セキュリティの倫理と脅威に対する意識調査 ー 【倫理編】報告書 ー」p.21
https://www.ipa.go.jp/files/000088910.pdf

後悔の類は、「やらなければよかったと後悔した」「もやもやした気持ちが残った」「書き込んだ相手に謝罪したいと思った」の計32.3%。
一方、達成感の類は、「気が済んだ、すっとした」「小気味よかった」「面白かった」「達成感があった」の計59.3%に上ります。

したがって、後悔している人より達成感を得ている人の割合の方が27%も高いのです。

これらの結果から垣間見えてくるのは、「批判のネタ」を待ち望み、探そうとすらしている一部ユーザーの姿です。
あるメディア界隈では、そうした人々を動員して記事のpvを稼ぐために、炎上ネタを探して煽る行為が横行しているともいわれています。

そういう人々にとって、コンプライアンスは、非難や批評を正当化する「正義」の拠り所として機能します。
もちろん、本来的にはコンプライアンスは重要で有益です。
しかし、一方で、コンプライアンスが逆にクレームやバッシングにつながり、リスクを高めているという皮肉な状況があるのです。

それは、私たちがふだん感じている息苦しさ、生きづらさ、さらに、それらの源泉である不自由で不寛容な社会にも連なっているのではないでしょうか。

いくら自己規制しても完全にリスクを排除することはできません。
どうやったって、気に入らない人は気に入らないし、面白半分にクレームをつける人もいる。すべての人に受け入れられるなどということはあり得ないのです。

したがって、ゼロリスク信奉を掲げ、いたずらに自己規制をかけるのは、ナンセンスというほかありません。

 

リスクをとることを奨励する成功企業のCEOたち

ゼロリスク信奉どころか、積極的にリスクを取りにいくことを奨励しているビジネスリーダーたちがいます。
いずれもアメリカの名だたる成功企業のCEO。
彼らはまるで申し合わせでもしたかのように同じことを述べています。

2017年5月、コカ・コーラの新CEOとなったジェームズ・クインシーは就任直後、こう述べました。*4

コカ・コーラが今後発展していくためには、より多くのリスクを冒さなければならない。「失敗するのではないかという恐れ」は、逆効果である。ミスを犯すことを恐れてはならない。失敗の恐れは怠慢につながる。失敗は会社にとって重要である。

翌6月には、登録者数で空前の成功を収めたネットフリックスのCEOリード・ヘイスティン
グスが、次のような懸念を表明しました。*5

今のヒット率は高すぎる。 私たちはもっとリスクを冒して、もっとクレイジーなことを試してみる必要がある。

アマゾンのCEOジェフ・ベゾスも、自社の成長とイノベーションは失敗の上に築かれていると主張しています。*6

大胆な賭けをするつもりなら、それは実験になるだろう。そして、実験である以上、それらが成功するかどうかを事前に知ることはできない。 実験は本質的に失敗する傾向がある。 しかし、いくつかの大きな成功は、何十もの失敗を埋め合わせてくれる。

さらに、ドミノピザのCEOであるパトリックドイルも、こう述べています。*6

自社の成功はすべて、間違いや失敗の可能性を受け入れる意志からもたらされたものだ。

以上のCEOたちに共通しているのは、失敗を肯定的に捉え、それはむしろ自分たちの成長に欠かせない要素であると考えていることです。

 

日本ではなぜ上司は部下にリスクをとらせまいとするのか

では、日本ではなぜゼロリスク信奉が幅を利かせているのでしょうか。

それは、上司が責任を引き受けたくない、その覚悟がないということに尽きます。
何かを試してうまくいかなかったら、自分のキャリアに傷がつく。それだったら、何もしない、させない方が安全だと考えているのです。

そういう上司がいる組織では、リスクを取って失敗することは悪いことだと捉えられているに違いありません。
であれば、それは上司個人の問題というより、組織文化の問題だということになります。
したがって、そうした現状を打破するための処方箋は、唯一、経営者の意識改革しかありません。

先ほどみたように、「ゼロリスク」は幻想です。
どうやっても、リスクは排除し切れません。

一方、成功企業のリーダーたちは、部下に失敗を奨励し、リスクを取りにいけとプッシュしています。
そういう上司がいてこそ、部下は安心して、自身の能力を思う存分、発揮することができるのです。

「思い切りチャレンジしてみろ。責任は私が取る」

そう言える上司が存在するかどうか。
それはすべて経営者の力量にかかっています。

*1
一般社団法人 共同通信社 編(2016)『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』

*2
*2-1
Yahoo News(2021)「僕自身は空っぽの容れ物」――世の中の空気を歌に込め続ける桑田佳祐の今」(2021年9月17日)p.1
https://news.yahoo.co.jp/articles/1a6ada5ec5b9058c5b5906883d6704c75a0ee9d0
*2-2
同上:p.2
https://news.yahoo.co.jp/articles/1a6ada5ec5b9058c5b5906883d6704c75a0ee9d0?page=2

*3
独立行政法人 情報処理推進機構(2021)「2020年度 情報セキュリティの倫理と脅威に対する意識調査 ー 【倫理編】報告書 ー」
https://www.ipa.go.jp/files/000088910.pdf

*4
THE WALL STREET JOURNAL(2017)“Coke’s New CEO James Quincey to Staff: Make Mistakes”(2017年5月9日)
https://www.wsj.com/articles/cokes-new-ceo-james-quincey-to-staff-make-mistakes-1494356502

*5
INSIDER(2017)“Netflix CEO Reed Hastings wants to start canceling more shows —
here’s why”(2017年6月4日)https://www.businessinsider.com/netflix-wants-to-start-canceling-a-lot-more-shows-2017-6

*6
Harverd Business Review (2017)Bill Tayler “How Coca-Cola, Netflix, and Amazon Learn from Failure”(2017年11月)
https://hbr.org/2017/11/how-coca-cola-netflix-and-amazon-learn-from-failure

プロフィール
横内美保子(よこうち みほこ)

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。大学における「ビジネス・ジャパニーズ」クラス、厚生労働省「外国人就労・定着支援研修」、文化庁「『生活者としての外国人』のための日本語教育事業」、セイコーエプソンにおける外国人社員研修、ボランティア日本語教室での活動などを通じ、外国人労働者への支援に取り組む。
Webライターとしては、主にエコロジー、ビジネス、社会問題に関連したテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

Twitter:https://twitter.com/mibogon

 

 

 

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